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アニメを楽しく見てもらいたいです。

ハートフル騙しあいバトル…開幕! 実写版嘘喰い 感想

 見てきました実写版嘘喰い

 すごい楽しみにしていた実写版で、なんだかんだ映画としてはちゃんとした映画で安心しつつ感想を書いていきます。

 そんなにネタバレになって困る部分がある映画な気もしないのですが、ネタバレが嫌な人は気を付けてください。

 

 

この映画の魅力は…萌え!

 「嘘喰い」はギャンブルを題材とした作品であり、主人公の「斑目獏」が様々な強敵とのイカサマ暴力なんでもありのギャンブルに勝利し、巨大組織「賭郎(かけろう)」のトップであるお屋形様への勝利 通称「屋形越え」を目指す作品である。

 嘘喰い」の魅力といえばギャンブルにおける高度な騙し合いによる駆け引き。命を賭けるギャンブルに身を投じる主人公の獏さんのミステリアスかつ危険な魅力。

 そして嘘喰いに欠かせない要素といえば「立会人」や多くのキャラクターたちが織り成す「暴」のバトル。

 多角的かつ独特の魅力を持つ漫画、それが「嘘喰い」。

 

 そして今回、その実写化映画である映画版「嘘喰い」であるが、

 まず大きな差異であり、映画独自の魅力。それは横浜流星君が演じる斑目獏がめちゃくちゃかわいいことである。

 原作の獏さんもかわいいところはあれど、基本的には危険な香りを漂わせるギャンブラーであるが、映画の獏さんはとにかく柔和で気のいい人という感触である。

 賭け事もとにかくキャッキャと楽しんでいる感じで、ある意味これはこれで非常に魅力的な青年といえるキャラクター性といえる。

 ただまあ「獏さん」っぽいか?と言われると… となるが待ってほしい。 とにかく実際に映画を見るとめちゃくちゃにかわいいし とにかく良い人オーラがすごい。

 こんな人に「今から一緒にギャンブルいかね?w」と言われたら…俺も楽しくいってしまうかも… そんな確かに「付いていきたくなる人物」の魅力が横浜流星獏さんにはあるのだ。

 そして原作でも「萌えキャラ」と言えば欠かせないのが相棒キャラこと梶隆臣 通称梶くん。

 梶君に関してはキャスティングされた佐野勇斗君が「完璧」である。もうこれ梶くんじゃない?ってくらいは梶くん。

 ただこっちも梶くんの良さを引き出しすぎて完全に「萌え萌え」になっている。 なんだこのかわいい生き物?

 そして実写映画版嘘喰いの魅力はこの二人の「絡み」によってかわいさが完成される。 二人がギャンブルに勝利し、シャァ!イェイ!みたいな感じで喜んでいるだけでめちゃくちゃにかわいい。

 原作と比較して獏さんがすごくフレンドリーでいい人なので、この二人の絡みが異常に可愛くなっているのだ。

 更に更に、ギャンブルを取り仕切る賄郎から派遣され、獏さんたちの勝負の立会人となる夜行妃古壱 通称夜行さんのキャスティングもかなりいい感じだ。

 いい感じなのだがすごくちゃんと再現してくれてるせいかものすごく毛がフワフワしている。ヒゲもフワフワしていてとてもかわいい。

 原作でも見せてくれるような柔和かつカッコイイ態度がしっかり再現されているのだが、おかげでもうフワフワ髭のかわいいおじちゃんがとてもかわいい。

 そんな夜行さんが獏さんの勝利宣言をして、獏さんと梶くんが一緒に喜ぶシーンなんて画面全部がかわいいもので埋まっている感じがする。

 当然原作にも登場するマルコ(ロデム)も登場する。 マルコもかなりキャスティングがいい感じだ。そうそう、マルコってこんな感じだよねっていう。

 そして原作を知ってる人なら当然知ってると思うがマルコも例に漏れず萌えキャラだ。 マルコはなんと原作にはない萌えシーンが入ってくる。もうなんかみんなで一緒にご飯を食べるシーンはめちゃくちゃかわいすぎてヤバイ。

 そしてここは賛否両論ありそうな鞍馬蘭子。

 そう!嘘喰いといえば…ヒロインの鞍馬蘭子でありまする! なわけはないだろ!!!!!

 って原作ファンはなれる実写版で活躍シーンが増えている鞍馬蘭子である。(鞍馬蘭子がヒロインってマジかよってなる。俺もなる。)

 鞍馬蘭子のシーンはとにかく「頼む…!変な方向に話が転がらないでくれ…!」と祈ることになるのだが、とりあえず映画では基本的に梶くんルートにいくので安心。

 ただ蘭子もこれはこれでかわいいキャラに仕上がっている。もうなんか蘭子も加わってご飯を食べてるシーンはあまりにもかわいい。まぁ映画ではそこまで邪魔ではなかったので自分としてはアリではある。

 原作はこんなかわいい感触ではないはずなのだけど、ある意味原作を知っているからこそ余計に来る「かわいさ」の良さがある。それが実写版嘘喰いの良さなのだ。

 

実写版嘘喰いの原作と全く違うポイント、佐田国一輝

 恐らく実写映画の前情報でもわかる通り、最もわかりやすく別人となっているキャラが、三浦翔平演じる佐田国一輝だ。

 原作だと本当にとにかく過激な愛国テロリストであり、見た目通り危険なやつといった感じである。

 そんな佐田国は要するに「命を賭けるギャンブル」での相手として作中で向き合うキャラクターとしては「国の為ならば命は安い」とする「ギャンブルのためならば命を厭わない」とする獏さんと対比的に描かれる。

 だからこそ、逆に表面的なキャラクター性とは裏腹に割と姑息な手が目立つというか、ある意味底の浅さが最終的に露呈するあたりが魅力的なキャラクターである。

 それと対比して、映画の佐田国は実写版嘘喰いにおけるもう一人の主人公というべきか、しっかりとした「敵」としてラインが立てられている。

 そして内情について語られるとなんだかんだ良い人みたいな感じであり、それなりに最終的に良いオチを貰える。

 死に方も含めて本当に原作の佐田国とは明確に別モノだ。

 ここは原作ファンとしてはやはり、「あのものすごくすっきりする佐田国の負け方も見たかった!」という気持ちは非常にあるし、そういった部分においては原作の「嘘喰い」における重要なラインである「命を賭ける危険なギャンブル」が映画では強く押し出されてないとも言える。

 しかし、割と映画の佐田国も「まあこれはこれとして、ええんでない?」くらいになれるキャラ性をしている。

 まあそもそも佐田国っていうキャラクター自体、そこまで要素を盛られたりしても大して困らないキャラというのもある。

 良くも悪くも「アク」が抜かれている実写版嘘喰いの代表的なキャラクター。それが実写版佐田国一輝だといえるだろう。

 

良くも悪くも「アク」が抜かれている

 ここまで語ってきて言えること、それは実写版嘘喰いはものすごーく「見やすい」作品だということだ。

 キャラクターのクセが非常に原作より柔らかくなっており、損なわれてはいないものの確実に味付けは別物となっている。

 そして映画自体のテンポが結構良いのですらすら見れる。 原作の嘘喰いはとても面白い作品であるが、ある意味ものすごくアクが強い作品だ。

 故に、映画でそのアクが抜かれているというのは非常に賛否両論分かれるポイントと言えるだろう。

 特に先ほども述べた「命を賭けるギャンブルとしてのキャラクター対比」が弱まっているのは、この映画の良いところであり悪いところだ。

 嘘喰いの良さとは常に命を失う恐ろしさと裏腹に存在するスリルであり、だからこそそこに向かっていく獏さんの魅力が強まる。

 映画ではしっかり命の駆け引き自体はあるものの、そこが重要視されてるかというと個人的には微妙なラインだ。

 しかしだからこそ映画の獏さんは獏さんで魅力的な部分があり、ここは一長一短と言える。

 誰にでも楽しみやすい、親しみやすい嘘喰い。良いか悪いかはあなた次第。

 

映画嘘喰い 明確によくなかった部分

 個人的には実写嘘喰いには概ね満足なのだが、ここだけは不満があると語っておかねばならない。

 それはとにかく「明らかに金がない!!!!!!!!!!!!!」

 ということである。金が 金がない。 金が足りてない!

 映像や演出、俳優の人たちにもかなりやる気が見受けられる。しかしそれでは隠し通せない安さがだいぶある。

 ちょいちょい「うぉっ!画面が安い!」となってしまうのだが、みんなが頑張っているおかげでギリギリ見れるみたいな感触だ。

 ロデムの戦闘シーンなんてめちゃくちゃ安い。安すぎてかわいい。でもすごい頑張ってる。 正直受け入れてあげたい。でもこれでドティ編の戦闘とかはあんまりやってほしくない。

 そんな感じである。

 しかし逆に言えばとにかく金が足りなそうなのをものすごいがんばってカバーしている映画とも言える。戦闘もかなり頑張っている。 ちゃんと映画でも存在している立会人の戦闘にはそれなりに満足できるアクションの良さがあった。

 しかしながら明らかにそこに金をかけるような余裕があるような感じがあるとは言えない。

 もし続編があるならばもっと予算を上げてほしいところであるが、逆に言えば嘘喰い前半の前半を映画化したからこそ このくらいの予算で映画化できたとも言えるかもしれない。

 

ストーリーの再構成部分について

 実写映画において、漫画原作のストーリー再構成はつきものだ。嘘喰い実写版も前述の鞍馬蘭子を筆頭にだいぶ再構成されている。

 カットされてる部分も多く、故に「命を賭けたやり取り」という過激でアクの強い原作の要素は弱まっているといえるだろう。

 しかしながら、個人的には非常に評価できる再構成ではあったと思う。ちゃんと出ているキャラクター同士が絡み合い、最終的なギャンブル勝負に繋がってくる。(この時点ではあまり役割がまだないマルコは仕方ないのだが)

 序盤のビル脱出勝負なんかは森での勝負になっているのだが、正直ハッタリ度合いとしては原作もこの程度はよくやりそうなやつと言えるだろう。

 また、ロデム(マルコ)が森で飼われているような扱いなのも、それなりに納得感がある。

 全体的な構成自体はそこまで変わってない、故に誰でも見やすいお手軽嘘喰いみたいな感じになっている。

 原作嘘喰いを読んだ人ならそれなりに関心できる作りとなっているだろう。

 逆に言えば「死と隣り合わせのギャンブル」という文脈部分については原作特有の良さとなり、映画から入ったファンは原作を違った形で楽しめるかもしれない。

 まあ割と手堅い実写化というのが個人的な評価だ。

 しかし佐田国の話については好みがわかれるだろう。言うなればよくいうところの「人間ドラマ」的要素として佐田国は再構成されている。

 しかし言うほどこの映画単体では佐田国の要素はノイジーとも言い辛い。 原作ファンとしては佐田国のキャラ性が変化して残念というくらいである。

 また、とにかくやはりこの映画はテンポがいい。全然ストレスがない。話がポンポン進む。

 ここは再構成された結果として良かった部分であり、無理せずにストーリーを回したのが良い結果となった部分といえる。映画を見たときは本当にすがすがしい気分で終われたところはあった。

 

でもやっぱり原作が好き

 実写版を結構満足したぜ!とは語りながらも、やっぱり嘘喰いにおける大事なエピソードの多くが欠けているのは認めざるを得ないのが実写版だ。(映画なので尺的にもテンポ的にも仕方がないことであるが、それが許せない人も当然いるだろう。)

 実写版で仮に原作読者が増えるならばそれは本当に素晴らしいことである。

 是非、是非原作を読んでもらいたい。

 

tonarinoyj.jp

 おっ… なんと原作嘘喰いが2022年2月20日まで隣のヤングジャンプで10巻分読めちゃうらしいぞ!!!

嘘喰いと賭郎立会人 (ヤングジャンプコミックス) | 迫 稔雄 |本 | 通販 | Amazon

 しかも「嘘喰いと立会人」なるスピンオフまで最近発売しているらしい。

tonarinoyj.jp

 更に嘘喰い原作者が現在連載中の漫画、「バトゥーキ」も2022年2月20日まで11巻分無料だ!

 さぁみんなも読もう嘘喰い

 ということで宣伝でした。 良い映画でした。

MUTEKING THE DANCING HERO 要素解説と考察

 2021年秋アニメとして放送されたMUTEKING THE DANCING HERO、この作品については本編内で説明されなかった要素が多く存在する。

 この本編内で解説されなかった要素について公式から言及があったのはサトウユーゾー監督のツイッター、MUTEKINGのニコニコ生放送による公式解説と、MUTEKING Super Hyper LIVE内でのファンからの質疑応答のみだと今のところは把握している。

 この記事では基本的にニコニコ生放送にて公式より言及のあった部分を紹介しつつ、MUTEKINGの各要素について考察していく。

 

 ・オクティアンはタコベイダー型宇宙人である。

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 タコベイダーとは前作、とんでも戦士ムテキングに登場するタコローやクロダコブラザーズの種族名である。元ネタは恐らく80年代に流行したインベーダーゲームから。

 タコベイダーには設定として「邪悪の心を持つと黒くなる」というのが存在し、MUTEKINGの作中でもヴィヴィ姉やDJが悪ダコ細胞に蝕まれた際に実際に黒くなっている描写が見られる。

 ・オクティアンは映像空間を創出することができる。

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 オクティアンは自身で映像空間を創出する能力が存在し、ムテキングやオーロラのダンス空間もそれらを応用したものとされる。(ここも公式で言及されている)

 作中でヴィヴィ姉の過去を振り返るシーンでもヴィヴィ姉によりこの能力が使われていると思われる。

 ・セオとヴィヴィ姉は共に地球を侵略するために訪れた。

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 セオとヴィヴィ姉は地球に侵略の為に訪れ、ヴィヴィ姉は人間界に同化し、セオを裏切ったと公式言及されている。

 セオの作中での目的は「人間を黒墨に変え、それを利用したコンピューターを創り出すこと」であったが、それがセオとヴィヴィの元々共通の目的だったのかまでは謎である。

 ・最終回においてセオが説得されるシーンの背景のウユニ塩湖のような場所は、オクティンク星(セオやヴィヴィの故郷)である

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 最終回でのムテキングVSムテキングブラックの戦闘において、「スーパーハイパービーム」を受けた後のセオはムテキングにより創り出された映像空間だと知らずに逃げている姿が描かれており(公式言及された部分)

 ミラーハウス等もムテキングにより創り出されたものである。その後、ウユニ塩湖のような世界での会話が行われるが、あのシーンはオクティンク星(セオやヴィヴィ姉の故郷)だと言及されている。

 ・ミラーボールはシリアス玉や救援玉のオマージュ

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 ミラーボールはMUTEKING作中においてはヴィヴィ姉が4兄弟の親から譲りうけたものとされ、作中でミラームテキングを生み出す等多くの活躍をしている。

 公式からの言及で、ヴィヴィ姉の過去のシーンにおいてミラーボールを使うシーンにおいて「シリアス玉的な…」と触れられていた。(画像を用意できず申し訳ない)

 シリアス玉、救援玉はとんでも戦士ムテキングにおける形勢逆転のために支援メカであるホットケソーサーが発射するもので、シリアス玉はムテキングを現実とは違った世界で戦う際の映像を投影するようなものとして扱われており、MUTEKINGにおけるオクティアンの映像創出技術の元ネタと考えられる。

 救援玉は後半でシリアス玉のストックがなくなったために用いられるもので、形勢逆転のために用いられるものとなっている。

 ミラーボールは他にも公式言及において「ミラーボールはそれを持った者に見たい映像を投影する」ともされ、MUTEKING作中で4兄弟がミラーボールをヴィヴィ姉から託された際にとんでも戦士ムテキングの時代の映像を投影している。

 ミラームテキングにより映し出されたオクティンク星のシーンでは、もしかしたらセオの心のうちにあるものであり、セオの故郷を映し出していたのかもしれない。

 ・黒墨について

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 公式からの言及から、

「人間が悪ダコ細胞を摂取し、オーロラの音楽を聴くと黒墨になってしまう」

「黒墨になった人間が元に戻る術は基本的に存在しない」

「モンスターは悪ダコ細胞が人間を分解した結果発生するもので、セオの元に黒墨を運ぶ」

「黒墨に完全に浸かってしまうと、その場合も黒墨になってしまう」

「黒墨はニンジャーズの素材である」

と語られている。

 なお、作中でトミーが黒墨に浮かんだ時に「どうやら浮かんでいるとセーフ」とも公式からの言及が行われている。

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 黒墨にされた人々にはまだ意識が存在しており、11話でムテキとDJが黒墨に取り込まれた結果人々の意識が活性化し、アイダさんへ人々の思いが届いたと公式で言及されている。

 ・サラとレジスタンスについて

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 サラ(ムテキの祖母)は初代ムテキングである遊木リンの娘であり、サラと関わりのある人物は基本的にオクティングの企みに対するレジスタンスであると公式で言及されている。

 少なくともオーウェン、アン、マット、トミー、ステキングはレジスタンスの一員であると考えられる。

 ・DJのラジカセは善ダコから生成されている

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 ムテキングの映像空間や変身の際の演出がラジカセから行われるのもこのためだと思われる。

 最終回で、ラジカセが悪ダコによって破壊されてしまったためにラジカセが流せなくなってしまったと公式で言及されている。

 ・最終回のラストにおける「誰かの美化された記憶」

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 言うまでもない部分ではあるが、MUTEKING第一話のわたせせいぞうオマージュ的なキャラクターデザインのシーンはアイダさん目線での美化された映像と作中で言及されている。

 最終回での映像もアイダさんの目線であるといえるだろう。

 ちなみに、オクティングのタワーが立っていたアルカトラズには遊園地が建設されつつあることが提示されている。

 

・公式インタビューを踏まえたMUTEKINGという作品について

news.yahoo.co.jp

akiba-souken.com

akiba-souken.com

 MUTEKING THE Dancing HEROは、「とんでも戦士ムテキング」を踏まえた作品として作られ、その過程で「80年代シティポップ」等のカルチャーを振り返った作品であることは明確であり、上記のインタビューでもそこについて触れられている。

 ポップカルチャーや過去作等の再評価が近年は行われており、2018年にはレディ・プレイヤー1等でそういった80年代大衆文化オマージュが行われ人気を博し、日本ではTM NETWORK等の再評価等が35周年記念の2019年に話題となった。

 タツノコはそれらの80年代を良くも悪くも引きずった作品を輩出しているアニメ制作会社であり、現在も続く人気シリーズであるプリティーリズムシリーズはそれが色濃く出ているシリーズでもある。

 MUTEKINGという作品はそれらの80年代カルチャーを踏まえた作品作りをするにあたって非常に「一貫性」の高い作品であるといえ、作中でも80年代オマージュ的要素が多く見られる。

 特にヴィヴィ姉はそれらのごった煮のようなキャラであり、野球、歌手、ドラッグクイーン、そしてゲームセンター。

 多くの文化の代表的キャラクターと言える。それらと対比的にセオという人物が配置されているといえるだろう。

 MUTEKINGが描く世界観は新しくもあり古くもある。そういった世界観は確実にある文化の延長線上にあるからであり、それは日本の「アニメ」にも全体的に言えることだろう。多くの演出技法、シナリオ、作品構造は過去作を踏まえて作られ、そして新しいものを生み出していく。

 今作で総監督を担当した高橋監督はボトムズダグラムを創り出したレジェンド級監督と言える人物であるが、MUTEKINGにおいては高橋監督はあくまで「今の時代」のために絵コンテ以降は任せる形で、サトウユーゾー監督の手伝いをするくらいの感覚で関わっていた旨がインタビューにおいて語られている。

 まさにMUTEKING THE Dancing HEROという作品もそれそのもので、現在を生きるヒーローであるムテキとDJはムテキングという過去作の延長線上に立ちながらも、自分たちらしさで戦い、未来に向かっていく。

 過去の歴史をリスペクトし、新しい歴史を創り出す。そういったアニメ作りをするタツノコのアニメとして、MUTEKINGはそういった姿勢を象徴するようなアニメであったと自分は思う。

 公式インタビューはMUTEKINGという作品が持つテーマ性やリスペクトの姿勢がよくわかるものとなっているので考察などにおいて非常におすすめなので、是非チェックしてほしい。

 

「そんなに急いでどこに向かってるの?」

「完璧な世界だ…!欲しいものがどんどん手に入る。便利なサービスに囲まれて…世界中が熱狂している! 違うか?ムテキング!」

「そうかもしれないね。」

「だろう?」

「でも、わかったんだ。答えは一つじゃないって。」

『千歳くんはラムネ瓶のなか』を読んだ感想

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ガガガ文庫 千歳君はラムネ瓶のなか より



割とアレな感情を持って臨んだので、正直こう偏った感想の可能性は多々あるとは思いつつ「小学館ライトノベル賞」を貰った作品である「千歳くんはラムネ瓶のなか」の1巻の感想をまとめました。

 まとめたとは言ってもいつも通り書きなぐりという形なので、読みにくかったら申し訳ない。

 

 

・作品の構造について

 この「千歳くんはラムネ瓶のなか」という作品はある意味で非常に綱渡り的な作品として作られていると感じた。

 主人公の千歳朔(ちとせさく)視点でこの作品は進んでいき、『カーストのトップにいるうざったい陽キャ』というステレオタイプ的なキャラクター像を印象付ける形で作中で常に描かれている。

 なので読んでいて読者はこの主人公に対してあまり良い印象を最初は持たないように作られているといえるし、そういった部分で読者にかなり「ストレス」をわざとかけている作品といえると思う。

 しかし、それに伴って千歳朔は「ヒーローになろうとしている人物」という面が描かれ、また本人の中にそういった陽キャ的振る舞いを冷笑したり、陽キャ陰キャといったような「レッテル」を常に憎悪する感情が見え隠れしている。

 読んでいくうちに、この主人公に対して最初は持っている「反抗心」がそのまま千歳朔という人物の内面とシンクロするように作られていると考える。

 これがこの作品の肝とも言える部分であり、この作品はかなりここの手法が上手い作品だ。

 少しでも千歳朔という人物に対して論理的思考を持って反論をしようと会考えたり反抗心を持つと、作中である程度そこが自覚的であることが判明する。これをある程度の周期で繰り返すような形でこの作品の論理展開は進んでいく。

 ちょっとしたDVのような構造だが、ストレスをかける 解放するの構造はまさにそこをくみ取れた場合は小さいカタルシスの積み重ねとして機能するものと言える。

 また、この作品は常に仮想敵のような存在をストーリー中で仄めかす。「陰キャのなりあがり物語」だとかそういう形でラノベ作品をバカにして、そのうえで一般的小説(とされるもの)を上げる等、読んでいる人間でライトノベル作品の多くを読んでいる人間ならばこの時点で反抗心を感じるだろう。

 だがこの作品は「陽キャが引きこもりのキャラクター(山崎健太)を救う」というメインラインを見せつつ、同時に山崎健太というもう一人の主人公の「陰キャのなりあがり物語」であること最終的に提示する構造となっている。

 仮想敵をほのめかしつつ、実はこの作品はそれをも内包し、肯定している作品だというのが最終的に提示される、先ほども言った通り、読者の感情を上手に揺さぶっている作品といえる。

 ここのストレスコントロールを1巻全体で行っているため、例えばこの作品を最初の数文だけ読む形だと「ストレス部分」だけを受け取る形になるところがあり、そういったのが辛い人には辛い作品といえるだろう。

 同時にこの作品のそういった手つきが好きではないという人は確実に存在するだろうし、そういったことも視野に踏まえて作られている作品だと思う。

 故に、この作品は常に「主人公や作中キャラが嫌われること」も踏まえた綱渡りな作品だと自分は感じる。

 

・千歳朔で描くヒーロー観

 この作品が語るものの一つ、それは「ヒーロー」の概念である。

 作中で千歳朔は常に「スーパーヒーロー」と呼ばれたり、自身をヒーローだと名乗るシーンもあり、それは表面的には非常に薄っぺらいものに映る。

 しかし、千歳朔のあこがれる存在として登場する「西野明日風」との馴れ初めについてで、千歳朔の持つ、目標とする「ヒーロー観」が描かれる。

 誰をも傷つけずに誰かを救い、そして自身がヒーローであるとは思っていない人間、そういった行為を実際に千歳朔の目の前で見せた西野明日風こそが真に純粋たる「ヒーロー」である。

千歳朔はそれとはある種対照的であり、ヒーローになろうとして誰かの救いを見過ごせず、またその救いの過程では他者を傷つけてしまうこともしばしばである。

 この千歳朔はそういった自身に内心自嘲気味で、またそういったリア充などの『型』に自らハマリにいっている、自分自身に自信がない、ある種「陰キャ」に近い人物であることが内面からは伺えるだろう。

 一番最初に描かれる「リア充陽キャの完璧さ」に対して、千歳朔は非常に不安定であり、不完全で泥臭いもがき方をしている人物であり、そういった朔は、作中で救われた人物にとっては「ヒーローである」というのは作中キャラたちの言葉から何気なくとも伝わってくるものであるだろう。

 この作品はそういった「ヒーロー」を描くのが一つのラインとして構成されている。

 また、この作品のオチとしてそういったヒーローとなろうとした朔に対して救いとなるのは「救った相手の一歩」であること、それは朔にとってはある種の「ヒーロー」の一人として映っているといえるかもしれない。

 

・それらを踏まえてダイレクトめの感想として

 まず本当に読んでいて辛い作品だったというのは間違いない。

 この作品で言うところの「陰キャ」という類型に自分が入るのかはわからないが、やはり個人的感情として陽キャというキャラクターを非常に強く現わした文体、強い言葉(陰キャに代表されるようなレッテル貼り、ヤリチン糞野郎等のかなり攻撃的ワード)で読者に負担をあたえ引っ張っていく構造等は、負担が大きかった。

 同時にこの作品は非常に文章としては読みやすく、「上手な作品」であることでそういった負担の中でも読み進めていけたと思う。

 あまりそういった部分を言語化できるような身でないので申し訳ないが、本当にテンポよく読み進められるように作られており、作中で提示される文脈もしっかり最終的に着地するようにできており ちゃんとしてんな~っていう感想が出る。

 しかしこの作品は「ちゃんとしている」からこそ、危うい部分が上手に押し隠されているように感じたのも個人的にはある。

 例えばこの作品における「引きこもり」については恋愛が原因の一つであったが、実際の世の中における「引きこもり」はこのような定型ではないだろうし、そして「オタク」の描かれ方や「陰キャ」の描かれ方もかなり極端だ。

 ここについてこの作品は恐らく自覚的に描いており、またそういった「属性的なレッテル」について常に批判的であり、そういった定型に分類されないということは踏まえて描いていると自分は思う。

 しかしこういった部分は「自覚的」だからといって必ず許されるといったものではないと思う。

 もちろん、許されるか許されないかで作品の評価や良さが決まるわけではないが、仮想敵として描かれる以上この作品の描く『偏見』は攻撃的なものだと思う。

 そういった批判を受けることを考えているのであろうとは思うが、そこが個人的には作品を読むうえでノイジーであると感じた。

 このノイジーさはこの作品の弱点であるというのは、先ほどの綱渡りの話でも提示した通りである。

 他にも「禁煙の場所でタバコを吸うこと」や「ノーヘル二人乗り」等の行為がこの作品における「出る杭」として提示され、「それを嬉々として打つ、石を投げる人間」という形でこの作品の仮想敵的に描かれる(ように自分は読んでしまった)のもノイジーである。

 ルールから逸脱する行為を当然のようにすることもまた、嬉々として石を投げる人間と同じようにモラルが求められるものではないか?いうのが自分の中では気になってしまった、

 そういったノイジーさや危うさがまた、「上手な作品故に引っかかり辛いかもしれない」というのは個人的に危うさとして映る。

 この作品でいうところの「揚げ足取り」に近い行為かもしれないが、この作品とある程度真摯に向き合ったうえでダイレクトに持った感想、感情として書いておきたいと感じた。

 総じてこの作品は非常に優れており、賞に選ばれるのも本当に納得するものである。構造が非常に上手である。本当に褒められる作品である。

 自分はこの作品がかなり好みである!とは言い難いが、この1巻だけでも他人が何らかの形で読んだ感想というのは興味が出る一作である。

 読んでよかったです。

2021年 印象に残ったシーンからアニメを振り返る記事

 今年ももう少しで終わり、様々なアニメが2021年を駆け抜けていきましたね。

 ということで、アニメ視聴者(自分の周辺)に印象的で擦られ続けているアニメのワンシーンから2021年を振り返っていこうと思う。

 

EX-ARM エクスアーム

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EX-ARMエクスアーム BATTLE011より

 EX-ARM(エクスアーム)は2030年の近未来を舞台に、超常的な能力を持つ兵器、「EX-ARM」となってしまった主人公「夏目アキラ」を中心に描かれるSFバトル作品である。

 アニメはその2021年とは到底思えない映像で視聴者に注目され、話題を呼んだ。

 この画像のシーンはかつて東京を崩壊させ、アキラが人間としての肉体を失ったきっかけを作った元凶、人類の敵である存在「β(ベータ)」との対決を行い、多くの闘いに決着をつけたアキラが、作中でようやく心から笑顔で笑うことができたという「人間らしさ」に着地する非常に重要なシーンである。

 結構11話自体は非常にシリアスかつ感動的な回であり、エクスアーム本編を見続けた視聴者は素直に盛り上がっていたのだが、その最後の最後でアキラの本当に心からの笑顔が画面にフェードインしてきたので視聴者も思わず笑顔になってしまった。

 2021年ではこれ以降、エクスアームの影響で「笑顔」のシーンはエクスアームの笑顔と比較されることが多くなり、またCGアニメもまずはエクスアームと比較されるような状況となっている。

 2021年秋アニメにはCGアニメである「テスラノート」が放送されているが、お世辞にもものすごく良いCGアニメとは言い難いのだが、「殺陣がよくできている」「カメラに違和感がない」「表情がちゃんとあってかわいい」等でエクスアームと比較され評価されている。

 2021年の始まりを告げたCGアニメとして歴史に残ったアニメと言えるだろう。

 また、印象的といえばCMでエクスアームに提供を行っていたロイヤルリムジンも当時話題となった。

 ちょいちょいエクスアーム本編にもロイヤルリムジンのピンククラウンが登場し、視聴者を沸かせていた。

 「ロイヤルリムジンはエクスアームを応援しています。」

youtu.be

 

マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝 2nd SEASON-覚醒前夜-

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マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝2nd SEASON-覚醒前夜- 第6話より

 「免停覚悟で飛ばすわよ!」

 人々の生活を脅かす魔女と戦うために熾烈な運命に身を投じる物語である魔法少女まどか☆マギカ。そのソーシャルゲームであり外伝作品のアニメ化作品の2期が「マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝2nd SEASON -覚醒前夜-」(以下マギレコ)である。

 このワンシーンはマギレコにおいて、魔法少女たちに勧誘をかける怪しい宗教的組織「マギウス」と戦う主人公たちのメンツの一人である「七海やちよ」が、敵陣に飛び込むために自身の車で正面突破をかけるシーンである。

 免停覚悟で飛ばすわよ!と意気揚々と見滝原の原作キャラたちを乗せるやちよカーだが、アニメの制作が非常に危機的状況にあるためか明らかに法定速度以下のスピードで車が走らされているようにしか見えず、視聴者の笑いを誘った。

 更にその後も「なんかSEが足りてない」「車の内部の大きさがカットごとに変化する」「明らかに足りてないカットがあるせいで何が起きているのかわからない」等が発生し、一時期のシャフトを思い出させる危機的な回だった。

 しかしアニメとしての未完成的な映像の部分を除いてもやちよさんの車のシーンにおける展開や映像はシュールであり、そもそもやちよさんというキャラクター自体が視聴者にネタにされがちな人物だったため、多くの視聴者にネタにされファンアートが急増した。

 やちよさんの隣の助手席に乗っているのがまどか☆マギカ本編での重要人物である「暁美ほむら」なのもちょっとした笑いどころである。

 その後2021年のアニメにおいて車に乗っているシーンの度にやちよカーが貼られる事態が起きている。

 2021年を代表する「車」のシーンと言ったらこのやちよカーを置いて他には存在しないだろう。

「許せない… もう許さない… マギウスも… あなたも!!!!!!」

youtu.be

 ところで年末に最終章をやるらしいんですけど、ほんとにできるんですかね…。

 

ひぐらしのなく頃に

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ひぐらしのなく頃に卒 14話より

 昭和時代の「雛見沢」という土地を舞台にした凄惨な物語を描く作品、「ひぐらしのなく頃に」の最新作であるひぐらしのなく頃に卒」のワンシーン。

 メインキャラである古手梨花をループに閉じ込め、凄惨な悲劇に捕らえ続けていたその元凶の北条沙都子との闘いのワンシーン。

 2人は死んでもまた別の世界線にループするため、殺し合いをしながら別の世界線に飛び回っていく。

 そんな2人の血みどろの戦闘を端的に表したワンシーンである。

 この戦闘の後、更に物語は加速しものすごい戦闘になっていく意味でも印象的なシーンであり、まさにひぐらしのなく頃にの新シリーズの代表的な一幕と言えるだろう。

 多くで賛否両論を呼んだ本作だが、「女の子二人が感情をぶつけ合って殴り合ってるのを映像化すると楽しい」という原初の感覚を思い出させ、またそれほどの強い感情のぶつけ合いを映像化する意味では非常に優れた作品であったといえる。

 今年「シン・エヴァンゲリオン」が公開された意味でも、この令和に蘇ったひぐらしに相応しい勢いとラストを飾った意味で2021年に刻み込まれたアニメといえるだろう。

 このほかにもとにかく面白いシーンが多いのでおすすめの作品である。

 今日の部活はこのブルーレイを賭けて神経衰弱ですわよ!

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精霊幻想記

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精霊幻想記 第12話より

 精霊幻想記は不慮の事故で命を落とした少年「天川春人」は、異世界で「リオ」という少年として生まれ変わり、その世界で生きていく姿を描く異世界ファンタジー作品。

 全体的にものすごいスピードで物語内の時間が経つことで印象的な精霊幻想記なのだが、最終回のラスト5分で突然の急展開、ものすごいテンポでストーリーが進み、そして前世の彼女と再会するというまさに「運命の再会」で物語は幕を閉じる。

 このアニメは先ほども言った通りものすごい勢いで時間が経つことが印象的であり、気が付くと1話で3年くらい過ぎ去っていたりする。

 そういった作風を代表するシーンともいえる最終回のテンポの速さは特筆すべきものがあり、特にこの作品全体から見てもあまりにもテンポが速いためキャラクターの動きもものすごい速くなっている。

 スババババ!とものすごい速度でならず者をぶった切るリオのシーンのシュールさは必見である。

 また精霊幻想記といえばヒロインであるセリア先生のかわいさ、そして何と言っても作中で効果的に使われるED、「Elder Flower」が印象的だ。

 Elder Flowerは物語の引きで流れるため、作中で妙にNTR(寝取られ)っぽい展開が多いこの作品からとってNTRの曲」と呼ばわれている。

 ちなみに精霊幻想記はTVアニメ2期制作が既に決定しており、記念に第3話のエンディングが公式で公開されている。君もElder Flowerを聴いて精霊幻想記2期に備えよう。

 2期制作決定をどういう気持ちで祝えばいいのかわからないセリア先生との別れを振り返る第3話ED

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現実主義勇者の王国再建記

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現実主義勇者の王国再建記 第11話より

 現実主義勇者の王国再建記(現国)は主人公、「相馬一也(ソーマ・カズヤ)」が異世界に召喚され、その召喚された異世界の国王となり、エルフリーデン王国を再建していくこととなる物語である。

 ソーマは様々な現代の知識を活かして、王国の食料自給率の問題をモンスター食や昆虫食などで解決する案を提示したり、整地や灌漑を進め、不正会計や貴族の腐敗も正していく。

 この画像のワンシーンは作中に登場する「ゲオルグ・カーマイン」であり、エルフリーデン王国の陸軍を預かる人物であり、ソーマが王位を継いでから、ソーマの追放した不正貴族を匿う等で敵対的な行動を見せている人物であった。

 しかし、実はそれらの行動は不正貴族たちを一つの場所に集め、自らを犠牲に反逆者として貴族たちを一網打尽にする計画だったことが明かされる。

 そんな彼がソーマの力量を信じ、彼によって追い詰められ計画通りに不正貴族たちを一網打尽にした後、酒を片手にソーマを祝福しているシーンである。

 本編視聴者からは「酒を貰って喜んでる」みたいなシーンとして専ら使われることが多く、シュールなシーンとしてお酒を飲む前にこの画像を貼ったりして使われている。

 また、このほかにも非常にシュールなワンシーンが多く、現実主義勇者の王国再建は非常におすすめの一作であることに間違いはない。

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現実主義勇者の王国再建より

 作中での物語も王国再建を謳って様々なバラエティ豊かなエピソードで描かれるので、飽きが少なくおすすめだ。アニメは変なところで話が急に終わったり、OPとEDがすごいシュールだけど。

 しかし本作は元々FOD独占配信の作品であり、非常に配信サイトが限られているのがネックである。もしFODに入っている人がいれば興味があれば見ていただきたい。

 また2022年1月より2期が放送されるのが決定している。現国2期視聴を決めるなんて、あなたってすごく現実主義なのね。

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現実主義勇者の王国再建記より

 

SCARLET NEXUS

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SCARLET NEXUS 第6話より

「俺を殺してくれ!!!!!!!!世界を救うためにィ!!!!!!未来を救うためにィイイ~!!!!!!!!」

 SCARLET NEXUS(スカネク)バンダイナムコエンターテイメントから発売されたアクションRPGであり、本作はそのアニメ化作品である。

 人間の脳を狙う怪物「怪異」と超脳力を使う主人公たちの闘いの最中で、陰謀渦巻く世界の真実を解き明かしていく物語である。

 スカネク6話は物語の大きな謎の一端が語られる回であり、超脳力の影響で別の世界線に飛んでしまった主人公の一人、「カサネ・ランドール」は、荒廃した未来の世界で一人生き残ったもう一人の主人公「ユイト・スメラギ」と出会う。

 ユイトは多くの人を犠牲にして生き残ってしまったこと、そして自身が生きている限り、世界に必ず破滅が訪れることを告げ、自分が死ぬ姿を見せてショックを与え、カサネを元の世界に戻す。

 そして死ぬ間際にユイトは元の世界、時間に戻るカサネに世界を未来を救うために過去の自分を殺すことを頼むのだった…。

 ものすごい重要なシーンであり、ものすごいシリアスかつ悲しいシーンであり、涙を流す未来のユイトからはかつての幼げな面影を感じさせる素晴らしい作画である。

 しかしその迫真の作画と迫真の声優の演技、そして当時はまだ状況が全く理解できてないままその迫真の勢いに呑まれた視聴者はカサネと共に強いインパクトを受け、このシーンが妙に印象的に残り、スカネク視聴者にはずっと擦られ続けている。

 更に本編でもこのシーンはリフレインするシーンが多く、リフレインすること自体は何もおかしくはないのだが何度も何度もやるためにより視聴者に印象を与えたシーンと言える。

 いわゆるシリアスな笑いに該当するであろうシーンとしては特筆すべきものがあり、この回をスカネク本編をある程度進んだ後に見返すと重要な事態が裏で折り重なっている意味でも印象的な回である。

 メインキャラクターでさえも割かし信頼できない世界観である序盤のスカネクの状況で、「いつからこんな世界に嫌気が差して…」という歌詞が印象的で「そりゃ嫌だろ!!」と視聴者に語られたことで印象的なOPもおすすめ。

 2期もOP、ED共に良いものとなっているので是非本編と合わせてチェックしてほしい。ゲームの方は筆者は全く触れてないのだが、実際ゲームとして面白いらしいので要チェックだ。

youtu.be

 

真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました

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真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました。 第6話より

 「真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました。」(真の仲間)は大体タイトル通りの内容で、主人公のギデオンは勇者のパーティーの一人であり魔王を倒すために勇者である妹のルーティー達と旅をしていたが、パーティーメンバーの一人、賢者であるアレスからパーティーを追い出され、「レッド」に名を変えて辺境でスローライフを始める物語である。

 しかしその辺境で過ごす中でも様々なトラブルに見舞われ、レッドは事件を解決しつつ、かつての闘いから離れた日常を大切に過ごしていく。

 そんな物語の最中で、レッドことギデオンが去った勇者パーティー側も定期的に並行して描かれるのだが、勇者パーティーはギデオンを失ったことで勇者であるルーティは兄を失ったことへの不満を感じており、また手が足りなくなった結果追い出した本人であるアレスも様々な苦労に見舞われている。

 そしてそんな最中でルーティはアレスからギデオンがパーティを抜けた報告を受け、更に無用なボディタッチをしてきたアレスを思わずパンチしてしまう。

 その一幕がこのワンシーンである。

 アレスはほぼ即死状態であり、この後ルーティによって蘇生させられる姿に視聴者の多くが笑いと涙を禁じえなかった。

 真の仲間という作品において、ヒロインであるリットの魅力的なシーンが多いのだが、それに相対してギデオンを嫉妬心から追放したが多くのシーンで逆にギデオンを求めてしまう自分に気づくアレスが非常に魅力的であり、視聴者からは第二のヒロインのような扱いを受けている。

 君も真の仲間を見てかわいそうな賢者、アレスの姿を楽しむ真の仲間に加わろう!

 ちなみに真の仲間はdアニメストア限定配信である。月額440円でなんと4400作品以上が見放題のアニメオタクには必須と言っても過言ではない素晴らしいサイトなので、まだ入ってない人は是非入ろう。おすすめです。

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真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました。 より

境界戦機

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境界戦機 第6話より

オセアニア軍が攻めてきたぞ!!!!!」

 境界戦機は西暦2061年、経済政策の失敗や少子高齢化等様々な理由が重なって破綻した日本に対し、「北米同盟」「大ユーラシア連邦」「アジア自由貿易協商」「オセアニア連合」の4つの世界主要経済圏が介入し、日本列島内で4つの国による国境が敷かれ、戦闘が勃発し、最終的に事実上の分割統治に至った日本を舞台に描かれるロボットアニメである。

 主人公の椎葉アモウは通信制高校に通う16歳の少年だったが、ある廃工場で見つけた「メイレスケンブ」というこの世界の無人ロボット兵器であるAMAIM(アメイン)とは違った形の人型ロボットを趣味で組み立てており、そんな折に出会ったAIの「ガイ」と出会ったことで彼の運命は大きく変わっていくことになる。

 第6話ではアモウが八咫烏というレジスタンスと出会い、そして八咫烏の本拠地に向かう旅路の最中で立ち寄った街でのエピソードとなっている。

 街はアジア軍占領下であり、どうやら海岸沿いで輸送船での輸出入も行っているようだが、そこに接岸した大型の船からオセアニア軍の兵器が現れ、不意を突かれたアジア軍兵士がオセアニア軍が攻めてきたぞ!!!!!」と大きな声で伝えるワンシーンである。

 この前の話数でアジア軍は日本人への不正な弾圧を行っていたことをアモウたちによって武力的に糾弾、更にその事実を世界的に発信されており、その結果6話においてオセアニア軍に隙を突かれて攻撃されるに至っている。

 しかしアモウたちによってそれだけの影響を受け、更に世界的にバッシングを受けている状況にも関わらず貨物のチェックがザルである等、末端の兵士の仕事の乱雑さが目の当たりになるシーンであり、またアジア軍もオセアニア軍も多少人的被害が出ても相手の軍にそれを擦り付けられると思っており、オセアニアはともかくアジア軍側の楽観視が伺える回といえるだろう。

 それらの結果、6話はまた八咫烏の介入によって戦闘を中断せざるを得ない結果となるのだが、全体的にアジア軍とオセアニア軍の末端が5話も合わせてレジスタンスへの警戒心が低いことが強調されている(ように見える)

 境界戦機の状況的にある程度緊迫した状況下のはずなのだが、末端のザルさがにじみ出ている描写をテンポよく行った6話のシーンは、視聴者に独特の笑いを与えた。

 またオセアニア軍が攻めてきたぞ!というセリフが「イルカが攻めてきたぞっ」に代表されるネタワードに近いのも笑いを誘った部分である。

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小学館 なぜなに学習図鑑より

 またあらすじの通り、この作品は日本が一度破綻して各経済圏が救済の体をとって介入した形なのだが、作中の節々でかなり住宅地がきれいに残っていたり、コンビニの店頭には商品がずらりと並び、そういった食糧などの方面で困っている描写が少ない。

 また、一般市民が普段からレコード等を購入していたり、普通に一般的な商店等は残ってかなり良い品ぞろえを揃えている等、節々に割と経済的には安定している様子が見られており、視聴者からは「本当に破綻しとるのか?」「今は結構安定してるんじゃないか?」と考察を投げかけられている。

 またそれと対照的に家屋を壊され土地を真っさらにされたり、家屋を没収されたり、人身売買に利用される日本人等の弾圧が描かれており、弾圧されてるのだかされてないのだがチグハグに感じられなくもない描写が視聴者を惑わせている。

 2021年秋はロボットアニメが豊富であり、どれもそれぞれ視聴者に楽しまれており、今期の異なったロボットアニメを見ることで、境界戦機の良さ、そして境界戦機以外のアニメの良さも境界戦機を見ることで感じられるかもしれない。

 まさにロボットアニメだからこその楽しみ方といえるだろう。境界戦機は2021年11月22日現在、youtubeで無料で全話を視聴できる。要チェックだ。

 「接岸してるってことは、許可が出てるってことだと思うが…」

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2021年アニメピックアップ 究極進化したフルダイブRPGが現実よりもクソゲーだったら

 2021年、令和に入ってから新たな年の幕開けとなり、まさに平成から令和にアニメの評価自体も移り変わり「今、令和だぞ?」という発言がアニメに対して飛び出す今日この頃。

 では例えば「令和らしいアニメ」とは?「平成から一歩進んだアニメ」とは何か?2021年、そういった評価に相応しいアニメは多く存在したといえる。

 そんな中で今回おすすめしたいアニメこそ「究極進化したフルダイブRPGが現実よりもクソゲーだったら」である。

 

『究極進化』が描く「本気」との向き合い

 「究極進化したフルダイブRPGが現実よりもクソゲーだったら」、略して本記事では以下「究極進化」と呼んでいくが、この作品の世界は既にフルダイブRPGが実用化され、ヘッドマウントディスプレイの時代を更に通過してなんか椅子型のフルダイブ機器によってゲームを楽しむことが出来る時代となり、そして更に超えて「もうフルダイブRPGは古い」と若干飽きられてしまっている世界が舞台である。

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@究極進化した製作委員会

 主人公の結城宏は、とある事情からかつてやっていた陸上を辞め、現実に対して不満を持ちながらも半ばあきらめを感じる日々を送っていたが、とあるVRゲーム「極クエスト」と出会った(押し付けられた)ことで少しずつ彼の日常に変化が訪れるといったあらすじである。

 この作品のメインの舞台となる「極クエスト」ははっきり言って「全然遊びたくならないクソゲー」である。

 とにかくVRゲームなのにリアルを追求しており、ゲーム内のパラメーターは基本的に現実の肉体依存なので全然ゲームとして新しい誰かになれるとかそういったことはなく、モンスターと戦うにも一般人の非力な力では何一つ抵抗できないし、そのへんの町民にすら劣る。しかも痛覚とかは疑似的に用意されており、小指をぶつけるとかみたいなリアルな痛みも普通にくる。

 ゲーム的な美味しいイベントなども基本的には用意されておらず、「ゲームはプレイヤーを楽しませるもの」といった配慮は作中で一切見られない。

 そんなゲームをやらされる主人公は、ファンタジーの世界のリアル拷問に恐怖して失禁したり、そのへんのおっさん(別のプレイヤー)に陥れられたり、幼なじみのキャラを殺害した罪で追われる身となったり、とにかくロクなことがないそんな姿をコミカルに楽しむ作品となっている。

 更にこの作品のヒロインである如月玲於奈はそんな主人公を見て笑ったり酷い言葉を浴びせたりする。もう何も良いことがないこのゲーム。

 しかしそれでも主人公はこのゲームにキレ続けながらも必死にゲームと向き合って、『本気でゲームと向き合う』ということを段々理解していく。

 

 このゲームの世界では主人公は『プレイヤー』ではなく、確実にその世界に生きる一人の人間として扱われており、そしてそういった人間としてゲーム内のキャラクターたちとも本気で向き合っていく。

 それによってゲーム内のキャラクターたちもたとえAIだとしても、本気で主人公が向き合ったことで結果が伴ってくる。

 そう、この作品に大事なこと、それは『たとえゲームだとしても、真に本気で向き合うこと』なのだ。そしてそれはこの作品における「現実との付き合い方」とも繋がってくる。

 

 主人公はかつて陸上で様々なトラウマを背負ってしまい、そのまま陸上を辞めてしまった。そこにはかつて『本気』があったが、その本気はいつしか彼の中から消えてしまっていた。

 しかし、極クエストの世界で「本気で生きること」と再び向き合ったことで彼にとっての新しい「生きがい」であり「現実」が見つかるのである。

 

SAOへのアンサーソングとしての究極進化

 さて、現代におけるVRゲームモノの作品で最も著名といえばやはり「ソード・アートオンライン」だ。(個人的には)

 ソード・アート・オンライン(SAO)はアインクラッドという場所を舞台にしたVRMMO、「ソード・アート・オンライン」に閉じ込められ、死ぬと本当に死んでしまうというVRデスゲームを強いられる物語であるが、SAOにおいて重要なのは『VRゲームとはもう一つの世界である』という価値観である。

 主人公の桐ケ谷和人(キリトくん)は「VRMMOの世界を現実以上に世界として体感している」という特性をもっており、彼にとっては現実以上にVRMMOの世界の方がある意味で大事だ。

 SAOにおいてこの特性は非常に重要であり、「よりVRMMOの世界を真に感じることができる」ということが作品においては非常に軸として置かれ、故に「死んだら本当に死ぬVRMMOの世界」とは真にもう一つの世界として現実と並ぶ『世界』ということをSAOは示しているのである。

 そしてそんなキリトくんはつまり、VRMMOの世界を「現実以上に本気で受け止めている」人物と言えるのだ。

 なんだかSAOって変な作品じゃない?って思うかもしれないけど本当に変な作品なんだ。

 でもそんなVRゲームモノラノベ作品の現代における元祖のような扱いであるSAOを踏まえて『ゲームと本気で向き合うこと』をVRMMOにおいて持ち出す作品であるのが「究極進化」なのである。

 究極進化の極クエストは「ゲームで死んでも死なない」代わりにゲームハードがぶっ壊れてゲーム自体は最初からやり直しになってしまうという嫌な仕様があるのだが、

 そんなゲームに「本気で向き合う」ことはできるだろうか?全然人を楽しませようとはしてないし、ゲームとしては欠陥だらけのゲームであるし、そんなゲームと本気で向き合おう!という気には正直到底ならないだろう。

 そもそも一般的にはゲームにそこまで本気になることは普通はないし、別にゲームに本気になる必要なんてないし、ゲームって楽しむもんだし。

 しかしSAOが提示するのは「ゲームも現実もある意味で同じもう一つの世界であり、ゲームの世界で本気で生きることは現実で本気で生きるのと同意である」ということである。

 そしてこれを踏まえて『主人公がゲームに本気になっていくことで、現実でも本気で生きていくことを見つめなおす』というのを描いているのが究極進化なのだ。

 究極進化は明らかにSAOを踏まえて描かれており、SAOを非常によく理解した作品だと感じる。

 そもそもSAOにおける「ソード・アート・オンライン」なんてそれこそクソゲーと言える部類であり、強制的に参加させられて顔は強制的に現実の顔にされるし、死んだら死ぬし。

 ゲーム自体に適合しない人間や、絶望した人間は作中で自殺したりモンスターに殺されていたり初見殺しにやられたり本当にロクでもないことばかりである。

 しかしそれでも生きていかなければならない。それがSAOが提示する「現実」だ。

 究極進化の「極クエスト」も同様どころか別ベクトルで常に嫌なことが起きるし、思い通りにいかない。しかしだからこそ究極進化で「本気で向き合ったこと」は作中で無駄にはならず、そして主人公が現実と向き合い生きていく糧となっていく。

 「これはゲームであっても遊びではない」というSAOの売り文句を別ベクトルで描き、そして別ベクトルで掘り下げ、誰かの本気を肯定する作品。それが「究極進化したフルダイブRPGが現実よりもクソゲーだったら」なのだ。

 

 平成のVRモノの柱となったSAOにここまで真摯に向き合った作品である究極進化、「令和を代表するVRモノ」とまではいかずとも、令和の始まりを告げるにふさわしい平成VRモノへのリスペクトがこもった作品であると自分は思います。

 そういうわけで2021年を代表するんじゃないかな?なアニメのピックアップタイトルでした。

ツイッターには書かない感想シリーズ

 特段ツイッターにはあんま書かない感想をこっそり書くだけの記事です。

 

・ななどなどなどという作品について

 この作品について個人的にかなり衝撃的だったのは『お嬢様』の表現である。

 非常に身勝手かつステレオタイプな印象ではあるのだが、漫画の記号的『お嬢様』というのはオホホホ~って高飛車な笑い方をしながら少し抜けていて、そしてお嬢様らしさに対してなんかちょっと怠惰だったりガサツなところがありつつ、うちには頑張り屋なところを秘めていて… みたいな、そういうお嬢様観が近年は支持されつつまたバラエティ豊かに作品の主題となったりしている。(これは偏見でありそもそも漫画をあんまり普段から読んでるわけじゃない人の主観です。)

 そしてこのななどなどなどの主人公である玉村小町も割とその例に漏れないキャラクター性を持つお嬢様キャラである。

 お嬢様だから怠惰な面があったり、色々あってガサツな面があり、しかしそれに対して変なプライドを備えたお嬢様っぽい頑張り屋な面があったり…。

 しかしこれらを踏まえたうえでななどなどなどが出してくる『お嬢様』の描写は個人的なお嬢様のレイヤーを一つ踏み越えたものがあったのだ。(もちろん、これは個人的な範囲であり、実際もっとたくさんの作品に触れてる人からすればそんなでもないかもしれないが)

 例えば、小町が仲良くなった友達たちと共にショッピングに行ったとき、各々が学生らしく服を眺めてきゃぴきゃぴと話題に花を咲かせるのだが、小町は高飛車なことを言いながらも椅子にしばらく座りこんでいる。

 その理由を聞かれた小町は「販売員がわたくしに似合う服を持ってくるのを待ってるのですが…?」と答えるのだ。

 よくよく考えれば「そう」だわ!と自分の愚かさをここで感じてしまった。そう、自分の中のお嬢様観というのはここで「オーホホ…庶民の服が並んでますわ~!」「こんなものはゴミクズですわ~!」くらいの勢いの雑さなのだが(雑過ぎる)

 小町はそもそも服を「選ぶ」ことなどしないのだ。しかもそもそも「買う」ことにすら困ってないのだ。服なんて吐いて捨てるほど家にある。ならばもはやそもそも「買う」という行為にそこまで大きな意味がないのだ。

 そもそも服で競り合うこと自体に意味なんてないんだ!

 ってことを自分は思いつけなかったのだ。仕方ないじゃん!ユニクロしまむらくらいしか行ったことないファッションに興味ないマンだから!!!!!!!!!!!!!!!!

 当然ながらそういう「経験からの差」というのは露骨に出てしまうものではあるが、こういう想像力の幅というのは見せつけられると落ち込むものである。

 お嬢様の描き方ひとつですら大きく差が出てしまう、そういうのを常に感じさせるのがこの漫画~!

 「ななどなどなど」なのだ。そんな感じで幅広い人物描写が様々な形で描かれるうえに、テンポよく読める良い作品だと思います。

 こういった形での作品の感想というのは非常に言いたくない、最終的にはどうしても自分語り的なものと繋がっていくから。

 というわけでこれはこちらの感想置き場送りとなりました。またこっちで書く日が来るかもね。

 

・ニチアサ以外もやってます

 この作品にも漏れないのだが、きらら作品で自分が読む、見るタイプの作品は学生のキャラクターが何らかの形で漫画自体のテーマとなるモノを部活動その他モノモノ等で親睦を深めつつ自分の中の未来の方向性を定めていくものが多い。

 自分の読んだ、アニメで見たものの範囲だと「ご注文はうさぎですか?」、「こみっくがーるず」、「ぼっち・ざ・ろっく!」…

 まあ挙げればキリがないかも。

 とにかくどれも未来に対してまっすぐに進んでいくものが多いのである。

 誰しもにあるものではあるが、やはり自分の羨望していたものを他者が成し遂げる瞬間というのは負の感情を抱かざるを得ないものである。

 そういった形で非常に自分はこれらの作品群に対して暗い気持ちを抱えることが多い。作品の面白さとは別に。

 この作品を読んでいて何度自分もこうであったならばよかっただろう?と思えただろうか。「何者かになりたい」というのはインターネットにおいては危険な感情であり、これが暴走した結果様々な形で失敗する人々がインターネットでは余りあるまでに観測されてきた。

 そういった何者かになりたいという己が制御していた感情、そこを揺さぶられる作品というのは非常に苦しいものなのだ。

 何故この作品をそんなヘラヘラと眺められるのだろう と思う自分と、いや面白いな~wwwゲラゲラ… と笑っている自分が同時に存在している。

 仮に今の自分が何かを成し遂げられた人間ならばこれを心の底からヘラヘラと楽しめたのだろうか?だが、それはきっと今の自分ではないのだろうし、そしてこの作品と出会えていたかどうかもわからない。

 そしてこういった「自分に寄り過ぎた感情」というのは、もはやツイッター等で赤裸々に他者に見せられる「感想」などと呼べる代物ではないだろう。

 そう思うからこそこちらに書かれるものとなる。

 もしもあの時代、ビデオカメラなんか高価なものじゃなくてスマートフォンがあったら、もしも身近に使えるPCがあれば、もしも…

 そんなくだらないことを反芻すると同時に、自分にも確実にできた時間を思い出してしまうのだ。

 自分もこの漫画のように何かに感動できていれば、もっと動けていれば、自分に何らかの『障害』がなければ?

 そんなことを考えて…。

 だからこそ今はやはり今出来ることをやるしかないのだろう。そう思いなおしていくしかないのである。

 こういう感情を出来れば吐き出してリセットしておきたい、そういう感情も含めてここに吐きだめておく。

2021年秋アニメも出そろったので好きなOPからアニメを喋る

 2021年秋アニメも出そろい、それぞれのアニメの2話が放送、配信されてOPも出そろって参りました。

 毎年秋のアニメは意欲的な作品が並ぶことが多く、今年はなんと深夜の原作付きからオリジナル含めて、新作ロボットアニメが何作もあるということで話題になっている素晴らしいクールとなっており非常に素晴らしいことです。

 というわけでアニメのOPはアニメの顔。今期アニメの個人的に好きなOPを紹介すると同時にそのアニメについて現状でのそれぞれの作品を語っていきたいと思います。

 

86-エイティシックス-(2クール目)

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 2クール目になってアニメのテンポが良くなったと(自分の周りでは)評判の86。

 OPの気持ちよさと演出に関しては個人的に2クール目OPは見張るものがある。

 まずアニメのOPで大事なのはやっぱりテンポと音ハメだと思っている自分としてはOPの緩急がしっかり映像が乗っかっていることが一つの評価点だ。

 ゆったりと盛り上がっていく楽曲に合わせて基本的に動きが少なめの映像がサビ前までは続いていき、またキャラクターは基本的に画面に直接的に目を向けない形で描かれている。

 視聴者側もOPの楽曲に乗っかりながら映像の持つ空気感や要素に身を委ねていくことができる。

 そしてサビに入った時に印象的なカットとして『目』が入ってくる。

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@Project-86

 この目で一気に映像の空気感は変化し、戦場のシーンに映像は移り変わり、ブワーっと大量のロボット(レギオン)がいる戦場を駆け抜けてくる主人公たちの機体(レギンレイヴ)がOP最初の方のレギオンのカットと対比的に描かれ、そしてそこには『乗り手』としてのキャラクターたちがいることが示唆される。

 ここで各キャラクターがしっかり画面を見据えてアップになっていき『目』にズームしていくのが印象的だ。

 このOPで共通される『目』の強調である。ここのサビでの目のカットでようやく画面にしっかり目を向けるキャラクターたちが描かれることでサビと同時にめちゃくちゃに視聴者に印象的なOPとなるのが気持ちがいい。

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@Project-86

 そしてこのOPの一番好きなところがサビのこの勢いできたところからのタイトル出し。

 ここで「86」のタイトル出しからのゆったりした映像を流すのはうわ~上手すぎるってなった部分。ピタっと止まるように静かになる映像とサビのそのままの勢いがもうめちゃくちゃに印象に残る。そして主人公の眼に映る先にある光景としてラストカットがOPの最初のカットと繋がるのも良い演出だ。

 OPが完成されている…ってなる良いOP。

 86本編はサングノマリア共和国という場所で有色人種故に人間扱いしてもらえない主人公たちが性能がウンコみたいなロボット「ジャガーノート」に乗せられて、AIで動いてるんだかもうロボットっていうか怪獣みたいなロボットである「レギオン」と戦う話である。

 2クール目は1クール目の色々あった間の話であり、主人公たちは戦線を離れてそのレギオンを作ったけど滅ぼされて新しい国となった「ギアーデ連邦」に拾われ、なんかそこで出会った幼女と一緒にがんばっていく話となっている。

 この86というアニメは一応ロボットアニメに区分されるアニメなのだが、明らかに滅茶苦茶地味めなジャガーノートというロボットがプラモ化されていたりとやる気にあふれたアニメである。

 是非今回の記事で初めて知った、知ってたけど見てなかった という人もOPの勢いに合わせて2クール目からでもいいので見てみてはいかがだろうか。

 ちょっとタルいテンポもあるっちゃあるアニメだが、やっぱやる気があるアニメはいいですよ。

 OPの絵コンテ演出は山本建さん。

 近年活躍している若手アニメーターであり、Eveの「約束」のMVの監督を担当していたりする注目株。

 すっごい良いOPだったのでまた他のアニメでもOPを担当しているのが見たくなる。これからも要チェックです。

 

見える子ちゃん

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 コメディホラーを謳う作品である「見える子ちゃん」のOP。

 曲だけ聞くと非常にポップな曲であり、同時にOPの色付けも全く「怖さ」を感じさせるというよりもカラフルかつポップな感触を感じるものとなっている。

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@見える子ちゃん製作委員会

 しかしそれとはギャップ的にカラフルに描かれているのは「血」であり、日常の中に描かれる「血」の中をOPの見える子ちゃんは逃げ回っている映像となっている。

 このOPの特色、それは「見える子ちゃん視点ではない」ということである。

 見える子ちゃんというアニメは主人公の「四谷みこ(見える子ちゃん)」の目線で基本的には描かれる作品であり、タイトル通り幽霊が見えてしまう主人公が日常を安全に過ごすために幽霊を常にシカトし続けるアニメとなっている。

 アニメ本編では無論幽霊が出てくるのだが、OPでは一切幽霊が出てこない。本当に一切ない。見える子ちゃんの視点ではなく、第三者視点で描かれているのだ。

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@見える子ちゃん製作委員会

 見える子ちゃんは常に目線を画面の端々にやっているが、視聴者の目線ではOPではカラフルで不気味には見えない血しか見ることはできない。

 それに悪寒を感じることはできても、見える子ちゃんと同じ視点を共有することはできないままOPを見ていくことになる。

 作品の主人公である見える子ちゃんという存在を際立たせると同時に、この作品の重要要素である幽霊を敢えて「出さない」のは面白いOPとなっている。

 あとやっぱり音ハメが気持ちがいい。サビでのカットのタイミングがとにかく気持ちが良く、またカラフルな血で描かれる演出が見てて楽しいものとなっている。

 ちなみにOPとは対比的にEDはめちゃくちゃに幽霊がいっぱい出てくる。むしろ主人公たちよりも幽霊がメインみたいな感じで描かれてるくらいは動きまくって出てくる。

 こういうところもニクイ演出のように感じられる。OPで幽霊を見なかった視聴者は、本編を見終わった後のEDで幽霊を見て見ぬふりをしてかわいい女の子を楽しむような感触が楽しめるかもしれない。

 アニメ本編は3話までだとコメディホラーというだけあって本当に日常に幽霊が出る シカトする の繰り返しをストーリーでやるみたいなシンプルな構造なので多少退屈さもあるのだが、3話になって遂に霊能力者が登場したので今後ストーリーがどう転がっていくか楽しみなところである。

 個人的には日曜日にテスラノートとかを見た後にのんびり見るのに向いていて好きです。

 OPの絵コンテ演出は監督である小川優樹さん。

 近年は異種族レビュアーズや月曜日のたわわの監督や、ひぐらしの鳴く頃に業のOPのコンテなどを担当している。

 ひぐらし業のOP担当だったのは納得度が高い。女の子を走らせるのとかの魅せ方がいいっすね…。

 

吸血鬼すぐ死ぬ

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 吸血鬼と吸血鬼ハンターのバディもの(?)っぽいギャグアニメ。

 とにかく楽しいOPで、主役二人のダンスが曲に合わせて非常に気持ちよく描かれている。

 なんかよくみるとダンスがすごいアホっぽかったり、ダンスに二人とも失敗していたりと、シンプルなようでテンポよく映像的に視聴者を楽しませてくれるOPになっている。

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@製作委員会すぐ死ぬ

 ダンス作画については崩しの少ない描き方がされており、それと同時にクルクル回る背景でなんか2人のダンスが異様に生き生きと動いてるように見えるのはアニメーション技術の妙を感じられる。

 アニメに大事なのはなんにせよ「それっぽく視聴者が感じること」なのだ。

 それから基本的にはこのOPでは主役である二人以外はダンスしないのもあって対比的であり、ダンスをしている二人が「主役」である作品だということは言うまでもなく伝わるものとなっているだろう。

 また、砂になって消えていスタッフクレジットが印象的なのでせっかくなら本編を見てスタッフクレジット入りのOPを見るのもおすすめしたい。

 ちなみにOPのコンテ演出は増原光幸さん。「ダイヤのA」や「若おかみは小学生!(テレビアニメ)」の監督をしていた方である。

 スタッフの皆さん軽快で楽しいOPをありがとうございます。

 「吸血鬼すぐ死ぬ」はバンパイアハンターのロナルドと、高等吸血鬼のドラルクの2人がバディを組んで過ごす日々を描くギャグ漫画のアニメ化である。

 ドラルクは自身を格の高い吸血鬼だと自称しているが、ほんのちょっとのきっかけで死んで砂になってしまう虚弱体質であり、すぐに生き返るがすぐに死ぬ全然威厳のない吸血鬼だ。

 ドラルクを退治に来たバンパイアハンターのロナルドだが、色々あってドラルクの家を全焼させてしまいドラルクを自身の事務所に住まわせることになってしまう。

 非常にテンポの良いギャグの応酬がアニメとしては非常に目を見張る部分であり、かなりのノンストレスでギャグが楽しめる意味で作り手の技術が光るギャグアニメである。

 声優さんの演技も合わさってとても楽しいアニメとなっているので、ぜひ興味がある方は本編もどうぞ。

 

MUTEKING THE Dancing HERO

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 リンクで埋め込んでるのは公式youtubeのノンクレOPなのだけど、このOPは本当にテロップ入りで見てほしい!!!

 スタッフクレジットがあってこそ完成する最高のOPです。

 まずこのOP楽曲であるオレンジレンジの「ラビリンス」がめちゃくちゃ良い曲なのだが、この曲に合わせてスタッフクレジットが音ハメで気持ちの良いタイミングで入ってくるのがこのOPの魅力となっている。

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@タツノコプロ・MUTEKING製作委員会

 ワンカットワンカットがレコードのジャケットかのように描かれており、これはスタッフクレジットがあってこそ完成されているものなのだ。

 少し古めのOPの曲調も合わさり、このアニメの空気感としても出されている少し古めのポップミュージック的な映像を楽しむことができる非常に良いOPなのだがやっぱりスタッフクレジットがないとそこは伝わらないのだ。

 マジでスタッフクレジット入りを見て!!!公式はスタッフクレジット入りOPもできればyoutubeに…出してくれたらありがたい かも。

 OPのアニメディレクターはTHINKRの佐伯雄一郎さん。

 廻廻奇譚のアニメ版MVなどを担当していた方で、EDも担当している。

 EDも非常に良いものとなっているのでオススメです。

 

 ところでMUTEKING THE Dancing HERO本編はなんだか話が3話まできて一向に進みがない気がしてしまうアニメなのだが、それ以上に特筆されるべきは異様なまでの「セレブ、ブルジョワジー批判」の精神が見られるところである。

 敵となるセオは、舞台となるネオ・サンフランシスコのカリスマ的な起業家であり様々なサービスの提供を行うIT企業オクティングのトップ。

 本編1話ではどう見てもiPhoneのようなアイテムとどう見てもApple Watchのようなアイテムを宣伝していたり、本編で敵側のダンサーとして登場する「オーロラ」のバックにいる人物であったり、街の経済も強引な方法でキャッシュレスを推し進めていたり。

 とにかく現実における巨大企業の資金力で幅を利かせているようなものが目立つ。それと同時にそれらの巨大資本と敵が人々をモンスターによって液体化させる展開を繋げており、とにかく「敵」がオクティングの資本的動きと繋がっていることを強調してくるのだ。

 そして対比させるように主人公のムテキたちはゲームセンターでキャッシュレスではない硬貨を入れることでプレイできるゲームセンターで絆を深めるような描写や、ムテキがストリートダンスを嗜む人物であることが映像で端々から描写されていたり。(代表として1話では明らかにマイケル・ジャクソンを意識したシーンがある)

 ムテキの相棒的キャラであるDJは明らかにヒップホップを意識したキャラクターとなっており、とにかく資本的強者であるオクティングとは対比的に庶民的かつストリート的な側面が主人公側で強調されているのだ。

 しかしアニメ自体は「なんか主人公がオクティングの商品を買いに行ったらそこで敵の策略に巻き込まれてその場で変身」のフォーマットに則っており、そういった「よくあるヒーローアニメ」ないし「女児アニメ」のような構造にこの異様なまでの一貫性が乗っているのは異様な味わいでありMUTEKING以外では味わえないものとなっている。

 今後に注目していきたい一作と言えるだろう。みんなも見よう!