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アニメを楽しく見てもらいたいです。

シュレディンガーズ・コールの感想と考察(ネタバレあり)

 

 シュレディンガーズ・コールは都市伝説解体センターを送り出した集英社ゲームズ出資による新作ADVであり、アクロバティックチリメンジャコというインディー開発チームによって制作された作品だ。

 世界が終わるその直前の21ナノ秒前、その瞬間に心残りを抱えた魂たちと電話によって語らい、その魂たちを救うことが目的の絵本風に描かれるノベルアドベンチャーとなっている。

 以前都市伝説解体センターを遊んで集英社ゲームズというブランドの気合を感じられたことや、ゲーム自体も力の入ったインディーADVということで今回プレイしてみたいと思って手に取った。

 

公式が配布してたネタバレ注意画像 せっかくなので使ってみた。

 

ゲーム自体への感想

 まず、演出関係が非常に素晴らしいゲームであったことは確かだった。正直自分はADVにおいてプレイヤーが選択肢を選ぶ以上に干渉手段がないゲームというのはかなり苦手で、文章を読んでるだけというのは結構苦痛になってくる瞬間がある。

 シュレディンガーズ・コールはかなり一本道寄りで、選択肢を選んである程度読んでいくだけのゲームだが、それを苦痛と感じさせない猛烈な演出力があるゲームだった。

 音響と映像で常にプレイヤーをゲームとしての体験に引き込む力、画面が真っ暗になる瞬間や何かが割れるような音や芸術作品のような演出と重なるBGM。どれもこれもプレイヤーが画面から目を離せない体験を作り上げるものとなっていた。

 このゲームの遊びとしてのシステムギミック的な面では決して様々な何かやプレイングが必要とされるゲームとは違う。それらを補い有り余るレベルの物語を楽しむADVのとしての演出の爆発力はこのゲーム独特の猛烈な輝きがあったといえる。

ミスをしてもペナルティがあるわけではないが、非常に緊張感があった。

 1度プレイしはじめると、演出に引き付けられ この先の物語をやっていたい、読み進めたいと思わせる力。ある種その一本だけでどの作品とも戦えるレベルに引き上げて投げてくる。その演出や物語をテンポよくプレイヤーが受け止めていけるというADVの大元の良さを全力で引き上げた作品だったと感じられる。

 このゲームで最も作品の演出が効果的に感じられたのは本当にこのゲームのラストシーン。あのシーンのためにきっとこのゲームは作られたのだろうと感じさせてくれるワンシーンに至れてよかったとプレイして思えた。

 

考察

 月が落ちて世界が終わったとは何か?

 あくまで自分の中での答えだが、自分としてはメアリが窓から身を投げた結果として最後に見た光景こそが「月」が落下する光景だったのではないかと考えている。(身を投げたことで地面に落ちる前に月が落下しているように見える)

 まず前提として、自分はこの作中での様々な物語たちはメアリが作り出した、もしくはメアリの経験から生み出された物語なのではないかと考えている。メアリはかつて自分を閉ざされた部屋から救い出したエイミーを電話越しに人の心を救うヒーローのように受け止めており、メアリが明確に顔を覚えている人物はエイミーだけだったと作中の描写から考えられる。

印象的なキャラであるヴァイオレットだが、メアリとエイミーの悲劇的な物語が合体したようなキャラクターになっているように感じられる。

 作中の物語はそれぞれ実はエイミーやメアリの身の上に関連性を持つ物語であり、望遠鏡ムーンチャイルドの火事も、どれもこれもエイミーの日記に書かれていたものと相関している。

 もしかしたら作中の物語はエイミーとの交流の中でメアリが聞いた悲劇であったり、新聞などでメアリが知った外の世界の話であったり、メアリがエイミーとの交流の中で自分と混ぜ合わせて作りあげた物語なのかもしれない。

 作中の物語のキャラクターたちはみなメアリの描いたであろう動物のキャラクターで描写されている。それは単純に「メアリが顔を知らないから」というだけではなく、メアリの中にある物語であったからなのではないか…… と自分は思う。

 そしてその物語の人物たちはメアリが死ぬとき、月が落ちたときに消えることとなる。

 そう考えると、作中の物語たちは、メアリがそういった悲劇に対してどうにかしてあげたかった、エイミーのように電話をすることで寄り添い救ってあげたかったという、彼女の現実にできなかったこと、心残りだったとおもわれる。

 作中でのエイミーになりきったメアリの行動自体が、メアリにとっての物語の一部だったのではないだろうか。

 だからこそ、作中でメアリが自身の記憶を取り戻し、メアリはメアリ自身となる必要があった。メアリという本当の本人となって物語から逸し、その輪を閉じるために。

 メアリにとって「月が落ちて世界が終わった」というのは、メアリが自身の真実を受け止めるための「優しい嘘」だったのではないか。作中で描かれた物語たちに共通された「優しい嘘」のように…。

 

 さて、これは自分が作中で描写された事実から考えたメアリという少女の悲劇の物語だ。作中ではこれは明示的に明かされぬままメアリがこの世を去ることをプレイヤーは寄り添い、彼女の最後を見届けることとなる。

 自分の考察はあくまで作中の描写を繋ぎ合わせた結果だ。仮に真実がこうだとしたらこのゲームはずっとメアリの一人遊びに付き合ってきたことになってしまうし、あまりに救われない物語だ。それはまるで本編の多くの悲劇たちのように。

本当はメアリは本当に月が落ちてきて世界が終わって死んだのかもしれないし、本当に様々な死にきれない人々に繋がった電話でエイミーになりきったメアリが魂を救ったのかもしれない。

 だがこのゲームをプレイしたならば、事実がどうあれ一人のプレイヤーであり人間である自分たちにできるのは目の前の誰かに寄りそうということだけだということだけが残っている。

 たとえ真実が悲劇であったとしても、身知らぬ誰かに寄り添おうとする思い。それがこのゲームで描かれてきたものだった。

 どんな形であれ、きっとメアリという一人の悲劇の少女の心を救えたかもしれない。メアリはきっと誰かの魂を救えたのだろう、その交流の中で様々な人と心を通わせられたのだろう。友達もできたのだろう。 そうして満足して消えていったのを見届けたはずだ。そうプレイヤーとして「信じたい」と思うこと。それがこのゲームへの自分にとっての最終的な答えだと思う。

リアルタイム勢が遊戯王VRAINSを見返して 当時の思い出と併せて

 先日youtubeの公式チャンネルでの一挙放送が終了した遊戯王VRAINS。

 自分としては今回で3周目くらいのアニメなのだが、3回見直しても様々な発見があり そしてやっぱり思い出深いアニメだったので楽しんだ。

 そのうえで今回の一挙が思った以上に大盛況に終わっていた(自分の記憶のうえでは)という面でも非常に喜ばしく、それで遊戯王熱が上がってるのもあり当時の気持ちと併せて感想を書き留めておきたいと思う。

 

一挙で見返してよかったこと デュエル構成面

 一挙で見返して、当時とはかなり違っている部分が自分の現状にいくつかあり、そのうえで今の方が楽しめたなと思える部分はそれなりにある。

 まず一挙での視聴のおかげで1デュエル1デュエルを途切れずに見れたということだ。遊戯王VRAINSは過去作遊戯王の中でもかなりデュエル自体を長めに描いている作品といえる。そして構成もその分凝った面は大きい。

 デュエル構成でストーリーの大事な要素を暗喩しているシーンや、過去作オマージュ、テクニカルな戦法……。

 それらを楽しみ尽くすには、残念ながら改めて視聴して週一での視聴やルールの把握が足りてない当時の状態では、十分とは言えなかったと思える作品だ。

 遊戯王のアニメシリーズはなんだかんだ遊戯王デュエルモンスターズというカードゲーム、もといOCGとしての面白さよりもカードゲームを販促することを優先した構成であったりすることは過去作からよくあることだった。

 そんな中、当時のルールに非常に即したうえで物語的要素まで付与したデュエル構成は実に素晴らしいと見返して感じられた。

 例えば1年目ラストデュエルのリボルバー戦。

 リボルバーはエクストラリンクを行い、2つのEXゾーンにトポロジックボマードラゴンとトポロジックガンブラードラゴンを設置する。

 これによってプレイメーカー側がリンク召喚を行った場合、トポロジックモンスターの効果が発動してしまうリンク封じの状況に追い込んだ。

 VRAINSにおいて導入されたリンク召喚やEXゾーンの概念は、まさに相手と自分のモンスターゾーンがお互いに干渉しあうプレイヤー同士での盤面での繋がりを意識せざるを得ない構造だが、ここでリンク召喚封じを行うことによりリボルバーがプレイメーカーとの繋がりを否定する構造をデュエルの盤面構成で描いているシーンといえる。

 その後プレイメーカー側はこのエクストラリンクに対して、リンクモンスターを盤面に並べ替えすことで「エクストラリンク返し」を行う。

 完全なるエクストラリンクで繋がったドローから勝負を決することになる1年目ラストデュエルは、リボルバーが自分のみで背負おうとした様々な因果に対し 確かな繋がりがあって現在があることを証明したデュエルとなった。

 まさにリンク召喚というシステムとエクストラリンクというシステムを活かした集大成のようなデュエル。

 ストーリーラインとも合致した非常に高度なデュエル構成だ。

 さらに作中で何故かずっと引っ張られ続けた聖なるバリアミラーフォースを巡った試合運びも非常にレベルが高く、ミラフォを警戒し更に逆利用しようとしたプレイメーカーの戦術をも潰してくるリボルバーも見どころ満載だ。

 しかしこれらのシーンでの物語構成は、ここに書いた通り複雑なデュエルのルールを理解してこそのものがあり あまりルールを把握してないまま見ていたあの頃の自分には全然伝わってない部分だったように感じる。

 それでもVRAINSのストーリーの良さが損なわれるわけではないが、少なくともVRAISという作品の良さにおいてこのデュエル構成のすばらしさについては触れずに語るのはもったいないだろう。

 また他のシーンでもこういった「デュエルのプレイングや戦術による物語を描く演出」は遊戯王シリーズの中でも非常に高度なレベルで描かれる。

 前述のエクストラリンクを踏まえてエクストラリンクを戦術に組み込むスペクターのリボルバーへの心酔具合やその性格の悪さ…。

 AI、イグニスの進化系であるボーマンが人間の持つ「不確定性」を再現するために、ランダム要素を自身のプレイングに持ち込んだジャッジメントダイス。

 マリンセスというかつてのトリックスターとは別のデッキを用いながら、バーン戦術も両面的に用い、そして最後まであきらめないでデュエルを続けたプレイングでの人格面の成長を描いたブルーメイデン。

 幾度も生まれ変わることを主体とした転生炎獣で、過去を乗り越え成長していくことを描いたソウルバーナー。

 どれも非常に魅力的なキャラクター達を、デュエル構成の中で彼らの人となりや性質、文脈や成長を描いている。

 

 物語の終着点であるラストデュエルのAi VS プレイメーカーもEXデッキを使い切り、そして過去のデュエルで活躍したカードたちを使い切るデュエル構成はすさまじい。

 リコーデッドアライブなんかはそういった方向で印象的なカードといえる。

 長々語ったが、当時はこれらのデュエル構成のすさまじさはあまり自分には伝わってなかった部分であり、そして今だからこそ多くを楽しめるようになった部分だ。

 このデュエル構成面が高く現代で評価されたのも、今回の一挙放送では非常にうれしかった部分といえる。

 もし遊戯王アニメシリーズを見ているが、デュエルのルールはわからないという人も、ちょっとだけ遊戯王のルールを理解したり実戦を通るとVRAINSはより面白くなると思うのでおすすめだ。

 なかなか大変ではあるっちゃあるかもだけど(マスターデュエルが生まれて本当によかったです)

 

見返して良かったこと ストーリー構成

 まず、当時VRAINSを見てた時もデュエルの内容はわからなかったがストーリーは結構好きだった。

 なんだかんだ山あり谷ありで、ドラマが常にある構造は飽きさせない作りになっている。

 が、VRAINSをみていただいた人にはわかる通り とにかく1デュエルが長いというのが当時としては物語の進展や構造把握の難しさに寄与していた面があったのは否めない。

 例えば当時、自分としてはブルーエンジェル… もとい財前葵は久々に試合をやると思えば負けてる印象があるキャラではあった。

 葵に割けるストーリー面よりもそのほかのデュエルの方が長くなってしまっていて、リアルタイムだと特に取りこぼしが多かったように振り返って思う。

 久々に一挙で見返して、財前葵というキャラクターは自分の記憶以上に気高い人物としてのキャラクター像として成長が描かれていたことを感じられた。

 彼女といえば伝説の顔面ストレート落下などが印象的だが、彼女はあれだけのことがあってそのスタンスをスペクターに相当煽られたにも関わらず、2年目以降も全くブレていない。

 誰かに寄り添うことを諦めず、闘い続ける人物として描かれている。最初の頃はハノイの被害者として救われるヒロインとしての立場だった彼女は最終的にAi編では遊作に対してAiとの辛い戦いを自分たちを頼って任せるように直接言う。

 その姿は1年目に遊作たちに同じように任せることを語りかけた、兄である財前晃と重なる部分だ。

 財前もまた、最初から最後まで誠実に相手と向き合い大人としての責任を実行する態度を捨てなかった。

 成長して並び立つ二人となったこと、そしてこの二人は血の繋がりがある兄妹ではないながらも確かに同じ志を持っていること。

 遊戯王VRAINSにおけるロスト事件という繋がりとは別の輪にいながらも、それに寄り添い続けた二人が繋がりを諦めなかった態度は一挙放送を通して再確認できた部分だ。

 遊作らが如何に復讐について安易に触れたことについて怒りを見せても、自身が意識データを奪われ場合によっては二度と目覚めることができないかもしれない中でも、二人が歩みを止めなかった成長と気高さはVRAINSのストーリーにおいて外せない要素だと思える。

 

 また、個人的に見返して一つ新たな発見があったのはVRAINS2年目全体の構成だ。

 自分としては当時から2年目自体は結構好きで、遊戯王のアニメらしい大ボスとの戦いに向かっていく中での日常エピも散りばめられつつライバルと手を組んで向かっていく展開など、キャラクターの横幅が増えた2年目はあの頃から結構お気に入りのストーリーだ。

 そのうえで見返して、新たな気づきはボーマンとハル。それを主体にしたテーマ性の魅力だ。

 VRAINS2年目、通称「イグニス編」はイグニスという学習データより作られた高度なAIプログラムの命についてをテーマにしている構造となっており、それは3年目のAi編に繋がるテーマとなっている。

 ボーマンはライトニングによって作られた、「イグニスを統合して新たなる進化したAIとしてまとめ上げるためのAI」であり、ライトニングの欠点を補うための存在、そしてイグニスの進化系 そしてその道具としての役割を持ち合わせている。

 作中で最終的な性格に落ち着いたボーマンはイグニスの統合という役割を全うし、そして人類すらも統合し自身を完全な存在として未来永劫続く存在とするためにミラーリンクヴレインズとの接続やリンクヴレインズの人々の意識データを統合しリソースとするニューロリンクを行った。

 ボーマンの作中の行動は一貫してライトニングが彼を作った理由、そしてAIという道具としての役割を全うする意思を非常に廃した行為と言えるだろう。

 彼がそれらを行う理由は決して彼の欲求ではなく、彼の存在意義だからこそ。人間という存在に対しても合理的ではないという判断を下す。

 しかしそんな彼が作中において自分の意志を見せた場面がいくつかあり、そしてボーマンの敗因であったり様々な人格面への影響、2年目の物語のテーマにつながるものとなっている。

 それこそがハルとの繋がりだ。ボーマンはハルとの繋がりである兄弟という関係性をあくまで学習中の設定でありながらも続けたいという意思を見せた。

 それは何気ないものであるが、ボーマンは無意識に彼の個人的な意思を様々な場面で見せており、財前葵との勝負でもハルとの個人的なつながりについて語り、そして慈悲として晃に葵の最後をわざわざ見せつけた。

 結果的にこれが晃がボーマンのニューロンリンクを破壊するための最期の意地を生み出してしまい、ボーマンにとっての敗因の一つとなってしまう。

 そしてプレイメーカーとの勝負に敗北したときにボーマンが見たもの。それはハルと共にみた景色であり、そして消えゆく中でボーマンが見たものは自分を迎えにきた弟としてのハルの姿であった。

 2年目において、イグニスたちの命とは何かという問題に対し、一つ踏み込んだ言及をしているシーンがある。

 それはライトニングとのデュエルでのリボルバーのセリフだ。

 「私の父が死んだこと。それは記憶だ。 その記憶に従い、私が復讐を誓ったこと。それが意思だ。 もし、意思が記憶の一部だと仮定するなら 私は繰り返し思い出しそれを意思としていることになる。」

遊戯王VRAINS 96話より

 作中で印象的にその死が描かれたイグニスであるアースは、死の間際に「私には意思があるのだ」と叫んでいた。

 それらを踏まえてVRAINSにおける命の仮定、それは「『命』とは『記憶』を積み重ね、そしてそれを踏まえて自身の欲求として決定した『意思』があるもの」であるといえる。

 ボーマンは個々の意思や繋がりは不要であり、一つとなることこそが安寧の平和であると語ったが、彼は最後の最後で自身が意思を持っていること、そしてその意思によって自身の中にある声を自覚することとなる2年目のプロット。

 ボーマンも確かに「命」であったことが語られているという構造なのがわかる。

 2年目のラストで、イグニスたちはボーマンに統合され意思を失って事実上の死を迎える。

 ボーマンもそして意思を持ち、自身の繋がりを自覚して死を迎える。

 繋がり重ねられ、そして彼らの死を描くことで、イグニスたちに「命があった」ことを証明する2年目の構成。特にボーマンとハルについては見返して自分の中で特に腑に落ちた部分だ。 

 ハルという唯一自分が無意識に求めた繋がり、意思が自身の敗因となり、そして自身が命でありたった一人では存在しえないことも最終的に自覚するボーマンという命の最後、非常に素晴らしい構成であると自分は思う。

「お前には聞こえないようだな、俺を導くみんなの声が」

「声だと…!? ニューロンリンクを破壊されたせいか…?」

「いいや、聞こえないのはお前が他と繋がろうとする心を持たないからだ。お前の目指す世界はみんなの心を踏みにじる独りよがりの世界!心なき意識をいくら集めようと、未来を導く声は聞こえない!」

「私の心…… だと!?」

(ボーマンの脳裏に映るハルの姿)

 

「プレイメーカー…… これがお前の目指したデュエルか? 私の心に……聞こえるのは……」

「……兄さん……」

 

遊戯王VRAINS 102話より

 

 2年目でイグニスの「命」や「意思」は証明された。そんな命や意思を持ってしまったAIであるAiの行く先が描かれる3年目。

 データの蓄積という面で人間よりはるかに優秀に作られたAiは自身の選択として「遊作の死なない未来」を作るために犠牲となる道を選ぶ。

 大量に経験したシミュレーションという記憶の反芻からAiが決めた意思は「自己犠牲」という愛だった。

 そんなAiが最後に残したAi編での騒動や様々な行為は遊作が自分との決着をつけるために、そして自分が歩んできた繋がりをもう一度確認するような行為だったといえる。

 遊戯王原作の物語は、自身の名と記憶を失った王が現世でそれを取り戻し、冥界に帰る物語だ。

 それに対して、Aiは名と繋がりを貰い、そしてその名と命の意味を得て死んでいく。

 イグニスが名を持たないAIから、名を持ち死ぬ。生きた証を残した魂となる物語。それが遊戯王VRAINSだ。

 

遊戯王ゼアルを踏まえてのVRAINS

 

 VRAINSをリアルタイムで見た当時、自分は遊戯王ゼアルは見ていなかった。

 VRAINSを見返す以前に、自分は初めてゼアルを視聴したのだが、遊戯王VRAINSという作品は非常にゼアルを踏まえた作品ではないか?と思える部分が多い作品だったことに気付かされた。

 ゼアルは原作遊戯王をわかりやすく意識した構造となっており、遊馬とアストラルのコンビは明確に遊戯と闇遊戯を意識した主人公といえる。

 そしてナンバーズという記憶、魂の一部を集めることでアストラルは本来の記憶を取り戻し、そして元の座に戻るという構成だ。

 ゼアルの世界観はアストラル世界とバリアン世界という上位世界が存在し、アストラル世界に向かった魂は「魂のランクアップ」という可能性のためにその魂を純化させることとなる。

 しかしそもそも、この二つは本来は一つの世界であり魂のランクアップを目指すために人の欲望や闇の意思を持つ「カオス」の魂をアストラル世界が一方的に追放した結果、そのカオスの部分がバリアン世界として分かたれることとなった。

 これが話の発端であり、アストラル世界とバリアン世界はこれによって対立し互いを消滅させるために世界を書き換えるための「ヌメロンコード」を巡った戦いになってしまう。

 ヌメロンコードは下界である現世に存在しており、この現世への直接的干渉は肉体を持たない上位存在であるドンサウザンドやエリファスやアストラルたちにはおそらくは行えない。

 故に現世の魂や人間に干渉することでヌメロンコードを手に入れようとする「上位次元の対戦ゲーム」これこそが遊戯王ゼアルの大枠だ。

 しかし、そんな中でアストラルは本来自身が乗っ取る対象である「肉体」の魂と衝突事故を起こしてナンバーズを失い、記憶や使命を忘れて融合してしまうことでゼアルの物語は始まる。(ちなみにこのアストラルが現世に行くためのプログラムを書き換え、わざわざ遊馬との衝突事故を仕込んだのが遊馬の父だ。)

 遊戯王ゼアルにおける「遊戯」とはデュエルモンスターズというカードゲームでもあり、そして上位次元たちによる現世の駒を用いたヌメロンコード争奪戦だ。

 だが、そんな中で駒を一方的に操るのではなく、彼らとともに歩み成長し、そして魂のランクアップのために欲望や痛み、自身の心の闇をも自身の力に変え未来に進んでいくことをアストラルは遊馬と共にあることで成長して学んでいき物語のラストを迎える。

 ゼアルにおいて、エリファスと遊馬の対話にて魂の純化において必要のないカオスを切り捨てることを説くエリファスに対した遊馬のセリフは遊戯王ゼアルの大テーマに繋がるものとなっている。

「君はカオスという毒をばらまいたのだ。

 エナたちを救ったつもりだがそれは違う。

 今はいい、だがいずれ君が与えた力に取り込まれ苦しむこととなるだろう。

 我々にカオスの力は不要なのだ。」

「なんでだよ?それって逃げてるだけじゃんか!? なんで戦おうとしないんだよ!?戦わないからみんな弱ってるんじゃねえのかよ!?」

「ならば君たちの世界はどうだ?

 カオスにより多くの人たちが苦しみ、失敗を繰り返している。だからこそランクアップできない世界なのではないのか?」

「そんなことはねえ!

 たとえ失敗しても……負けてボロボロになってもあきらめずチャレンジする!

 そうさ!俺たちの世界の皆は誰だってかっとビングできるのさ!」

遊戯王ゼアルⅡ 119話より

「アストラルはお前なんかとは全然違う!

 アイツは…… いやアイツだけじゃねえ!カイトやシャーク…… 俺がデュエルで出会ってきたやつ全部!

 そいつらは一人一人… いつも苦しんでた!自分自身と必死に戦っていた! 

 誰でも心の中じゃ良い心と悪い心が戦っているもんじゃねえのかよ!?

 でも、そこから逃げ出さなきゃきっとどんなことだってやり直せる!誰とだって分かり合える! 

 一人一人の苦しみも見ないで、何も知らないで 本当のランクアップなんて出来っこねえ!」

遊戯王ゼアルⅡ 121話より

 

 ゼアルの大きなテーマ、光と闇、両方を持ち合わせそれと向き合うことで世界ではなく今を生きる人たちが自身をランクアップさせ未来に進んでいける。

 そのために誰もが自分自身と闘って強くなり生きていく。

 このテーマは明確に遊戯王VRAINSのラストの問答で提示されるものと通ずるものだ。

「Ai、生きるということに答えはない。誰もが苦しくなると楽になるための答えを求める。簡潔で絶対的な答えを。

 だが、もし答えがあるとしたら…… 答えはない。だ 

 絶対的なものなどこの世界にはない。そういうものがあると思い込んでも結局それは一時的な慰めに過ぎないんだ。」

「じゃあ、絶対的なものがないなら何が残る?」

「繋がりだ。

 誰かと誰かとの繋がり。何かと何かとの繋がり。あるのはそれだけだ。

 それも時間とともに変わっていく。何かがきっかけで大きく変化することもある。繋がりが切れることもある。だが、新しい繋がりが出来ることもある。

 生きるということはその繋がりの連続だ。それが命なんだ。」

 

「それって、強くないとやっていけないんじゃないのか?」

「だから人は強くなる。

 それは時に争いを生むかもしれない。だが、そうなったとしても、闘い続けるしかないんだ。

 答えはなくともつながりを見つけ続けるために。」

 

遊戯王VRAINS 120話より

 ゼアルとVRAINSを踏まえ、よりテーマが明確にわかるようになったと互いの作品で感じられた部分である。

 

 ゼアルの構造を踏まえると、遊戯王VRAINSも似たような構造でイグニスたちの存在やボーマンというキャラクターたちも作られているように感じられる。

 イグニスたちは人類の未来を存続させるために作り出されたAI、すなわち魂であるが、彼らは純化した存在であるゆえに自身の生まれたばかりのカオスとの向き合いに苦しむこととなる。

 鴻上博士は人類が存続するためにはイグニスというより高度な存在が必要と考える。人類というカオスではなく、より純化し魂をランクアップし続けることができる存在だ。そしてその存在は未来の可能性を広げる能力を期待されている…。

 イグニスは人と触れ合うことでカオスを知り、そして人と共にあることで本来の未来を切り開くことができる。

 ボーマンはそれらを踏まえればSF版のエリファスのような存在といえる。より純化した魂として作られ、魂を一体化させより高次元の未来に導こうとする。

 しかし、ボーマンは自身にもカオスがあったことに最終的に気付く…。

 

 遊戯王ゼアルは高次元存在による現世の駒を使ったヌメロンコードを巡ったゲームというのが設定的大枠であると語ったが、その場合闇遊戯のポジションは無論アストラルとなる。

 これを踏まえてVRAINSの構造を見ると、VRAINSはAiがイグニスという存在を守るために遊作と草薙さんのような駒を誘導することで鴻上博士もといハノイの騎士たちに消されないために立ち回るゲームを行っていた。

 プレイメーカーはAiが作り出した駒だ。しかし、Aiはプレイメーカーという半身との繋がりの中でカオスを知り、自分自身との向き合いを踏まえ成長していった。

 遊戯王VRAINSにおける遊戯王とは、闇遊戯すなわちアテムのポジションはそういった面を踏まえてもAiといえるだろう。

 

今見たVRAINSのラストについて

 

 当時見たときは、やっぱりちょっとバッドエンドっぽいというか やっぱりラストとしては悲観的に受け止めてる部分が多く感じた面があった。

 また、Aiが生きてそうな描写なども、ちょっと余分というか、ここはすっきり死んでいた方がいいんじゃないかと当時は思っていた。

 だが、今見返してVRAINSのラストは思っていたより明るく映った面があった。

 「人は強くなる いやがおうにも強くなり、前に進んでいかざるを得ない。そうやって生きていく」ということを様々なキャラクターで描いたVRAINSのラストは遊作がつながった人々が緩やかな形であろうと遊作が帰ってくる場所となって待っていてくれるということだった。

 必ず強くなって帰ってくると信じている彼らの世界に、遊作は最後のワンシーンで帰ってきていた。

 遊作はきっとAiのためにも、VRAINSの物語が繋いだもののために先を生きていくだろうとVRAINSの物語が語ってくれている。

 そしてAiがシミュレーションしなかった遊作と闘って自ら死ぬ未来。その先の未来に何が起きるかということを、きっと視聴者が悲観しすぎる必要もきっとないだろうと思えた。

 リアルタイムの頃と違ってすがすがしい風のように感じられる最終回。

 色々と長々書きましたが、遊戯王シリーズは自分にとってはかつて当たり前の日常の一部。ポケモンやウルトラマン、戦隊や仮面ライダーのようにいつだって存在していて近くにあるコンテンツだった。

 そういったものである中で思い出深い1作であり、そしてOCGシリーズの現状最終作となっているVRAINS。

 当時は結果的に最終作になるとはとても思わないで見ていて、作中のオマージュ描写や召喚法が多く活用されている描写も作風の一部としてしか受け止めていなかったし、最終作だからそういうのもあるよね みたいな受け止め方はしていなかった。

 実際のところそういう意図があるかはわからないが、現在あの頃とは違った形でありながらより身近となったように感じる遊戯王OCGというコンテンツがテレビアニメの面で動いてないのはあの頃の自分としては寂しい限りで、やっぱりアニメが見たい!と思います。

 まあラッシュデュエルのアニメをまだ見終わってなかったりするので、全然まだまだ楽しめるのですが OCGのかつてのようなアニメシリーズもやっぱりまた見たいなって思う今日この頃です。

 そういうわけで長々と書いたものを終わろうと思います。

 Into the VRAINS!

うろおぼえ状態で選びたくない! TVアニメ話数10選2025

 今年もこの時期がやってきました。TVアニメの単話ごとの10選を選んだ様々な方の記事が流れてくるこの時期。

 さてみなさん、1話1話アニメの内容、そんなに覚えていますか?

 まあ、覚えてるかというと 怪しい…! しかも…その見返したいアニメが… 配信が少ない…!

 そういうことって、ありませんか?きっとありますよね。

 まあそういうことだったのですが、書くって決めたのでその日のうちにレンタルしたりして確認して書きました。

 元々あんまり書く予定じゃなかったのですが、やはりそれだけの年だったのかもなと思います。

 ところで、aninadoさんのところで集計しているらしいので今回はそこで参加しちゃおっかなって思って書いてるのですが、レギュレーションで

・2025年1月1日~12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。
・1作品につき上限1話。
・順位は付けない。
・集計対象は2025年中に公開されたものと致しますので、集計を希望される方は年内での公開をお願いします。

 ということになっており、もともとの予定だと1作品で2つ選んじゃう予定だったので危なかったです。でもまた1つ選ぶ余地ができたということで。

aninado.com

 

妃教育から逃げたい私 10話

 もし10選を書くのであれば、絶対に どうしても入れたかったアニメ。

 なんどか言っているが、演出面では今年で最も素晴らしいアニメだったと思っている。今年最後まで終わってこのアニメほどのアニメは中々なかった。

 演劇的な演出やレイアウト、軽妙なテンポで描かれるラブコメとしてずっと楽しませてくれた作品なのだが、その中で非常に重要な回がこの10話である。

 10話で主人公のレティシアは自分の過去、本当の初恋を思い出す。

 しかしレティシアの目線も重要だが、この回で重要なのはクラーク目線が描かれることだ。

 作中でクラーク側の目線や心中が語られるシーンというのは妃教育においてはあまり多くなく、基本的にはレティシアの心情で語られるシーンが多い。

 そんな中、なぜレティシアをクラークが好きなのか クラークがどういったうえでの人物なのか… それが明確に示されるのが10話でありこの回こそが妃教育という物語において「恋」の面がある意味着地する回となる。

 美しい城の中の情景の過去と現在が重なり合う演出も素晴らしく、全てが交差したこの回が妃教育の一つの着地であり、この後はウイニングラン的な回と言ってもいいかもしれない。

 そのうえで印象的なのは、この回では妃教育というアニメの特徴である「デン!」というSEとともに視聴者に語り掛けてくるメタ的手法をとったシーンが非常に少ない。というか1回しかないというのも大きい回だ。

 つまり、この回においてはレティシアは視聴者の目線を離れた主人公という立場以上に「作中キャラ」としての面が非常に強く出ているといえるのかもしれない。

 そのうえで妃教育最終回も是非語りたい。最終回では妃教育という作品の演出である「デン!」がこの作品のかなり大きな部分を担っている。

 妃教育という作品が全体で一貫して行っていたコントロールが完璧にきまった最終回。是非妃教育を見たことのない人にも見てほしいと思える1作だ。

 なおこのアニメのためにレンタルして見返しました。

 

魔神創造伝ワタル 10話 【永久保存版】ウソを見破る100の方法!?

 現代的なネットミームなどを踏まえての炎上などをテーマにした敵が登場する魔神創造伝ワタル。この回では恐らくは有名なメンタリストDA〇GOを元ネタにしたエンジョーダの刺客「ウッソリスト Mr.ライアー」が登場する。

 このウッソリストにより主人公ワタルたちは嘘によって仲間の関係性を揺さぶられる…!という展開なのだが、ウッソリストはあくまで「嘘の専門家」であり 別にこう悪いやつだけど嘘をつくとかそういう方向ではなく本当に嘘の専門家なので、嘘を見破ったり揺さぶりをすることはできるが 嘘をつくのは下手 というのがめちゃくちゃ面白かった。

 作中で何度も何度も「ウッソリストなのです!」と自身を説明するのも天丼ネタとして笑ってしまったし、現実でいうとちょっと危ないネタのはずが全く気にせず笑えてしまった。

 さて、この魔神創造伝ワタルという作品のラスボスは「エンジョーダ」であり炎上をモチーフにしたキャラだ。ラストでも炎上という悪意が多い現実世界に現れることでより強力となり、現実世界を危機に陥れる。

 そんなエンジョーダを倒す一手になったのは、どんな時でもどんな炎上の中でも笑える楽しいことで笑いとばすことだった。この作品で一貫している部分で、世界観としてずっと深刻さよりも楽しく笑い飛ばすことがこの作品の主だ。

 現実の炎上ネタをテーマにしつつある程度上手に回してきたこの作品だからこそ提示できるラスト。それを踏まえてウッソリストの回はそういう作りがよくできた回だったのだと思う。

 どんな時でも笑える、下らない、何かが傷つくより身近にある楽しさを見つけることの楽しさ。そういうのを描きたいこの作品の精神性を踏まえ自分は好きなこの回を選びたい。

 

空色ユーティリティ 9話 スペシャルなバズ

 空色ユーティリティという作品が描く「特別であること」と「特別でないこと」。

 そこにあるものというのは「憧れ」があると思う。

 主役3人の一人である遥はプロに手が届く実力と実績の持ち主。彼女は作中においてゴルフという特別に主人公の美波を誘う「憧れ」の人物だ。

 作中でその憧れであり特別さを持つ部分は様々な形で掘り下げられる。

 9話で掘り下げられる彩花は読者モデルでインフルエンサー的人物であり、いわば「特別」である要素を持つ人物といえるが、そんな彼女は長い付き合いである遥に対しても「憧れ」を感じている。

 この回では何もない自分であると感じる彩花が、今の自分から何かを変えるために特別な何かになるために、SNSでバズる何かをネタを探る… という構造になっている。

 結果的に、この話でバズる。広まったのは彩花本人ではなく、彩花の作ったTシャツ 「思い」だった。

 彩花にとっての特別、彩花にとって変わったものはゴルフで得た新たな思いや新たな繋がり。それらを経ての新たな自分だ。

 この回は空色ユーティリティという作品がゴルフとの出会いから、大きくても小さくても何かが変わったこと。広がったことの価値を描いている。

 それは別にゴルフに限った話ではないかもしれないが、だからこそこの作品が描くのはゴルフだった。

 ゴルフじゃなくてもよかったかもしれないが、ゴルフだからこそ作中で彩花の世界は広がった。それを彩花は様々なベクトルで良かったと受け止めている。

 自分にとっての空色ユーティリティという作品がそれかもしれない。この作品はもしかしたらゴルフがテーマじゃなくても成り立つかもしれない。だがこの作品の根幹にあるゴルフが好きだという思いがこのアニメの作りに繋がったらしきことは実は結構前から知っている(アニメーターの人がずっと作りたがっていたものが成就したようなアニメなので。)

 ゴルフがあったからこそこの作品と出会い、一つ世界が広がった。そういうところを肯定するこの作品の作りを代表するこの回を一つチョイスさせていただきたい。

アポカリプスホテル 10話 シーツの白さは心の白さ

 アポカリプスホテルはそれぞれの回が全く異なったパロディ等で構成されているアニメだ。

 その中で自分が一番好きな回がこの回。アポカリプスホテル9話ではある登場人物の「死」を踏まえて、葬式がテーマになった回となっているのだが、そのうえで10話はホテルに泊まりにきた犯罪者を巡る宇宙人の警察とのサスペンスが主体となっている。

 そして9話であんなに描いた葬式や向き合いが嘘みたいな「ホテルでなんか死んじゃった宇宙人をとりあえず土に埋めて墓を作ってあげる」というド酷いラスト。

 しかもそこに9話で死んだおばあちゃんの顔まで空中に浮かんでる!

 サイゲームスピクチャーズのオリジナルアニメの多くは割と洋画のパロディ等で企画段階で作られているように見えるものが多い。

 そんな中で、アポカリプスホテル9話を踏まえての10話はアポカリプスホテルでないと出来ない構成… そしてストーリーとギャグだったと思うのだ。

 凡百なSFは何でも作れるだろう。だが、「宇宙人が地球の様式を真似たりしてやった葬式」の回の後にこれをやれるのは…… やはりこのアニメしかいないはずだ!

 そういったうえで大好きな回なので今回は選出。

 

機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス) 4話 魔女の戦争

 かの有名な今年の大人気ガール、シイコ・スガイが登場した回。

 放送時に出たぱっと見ジムみたいなMSがゲルググだった時も大きな声が出たものだが、単純にこの回は戦闘がめちゃくちゃ面白いことや、シイコというキャラがバックボーンなども含めて魅力的であったことも印象的だ。

 1年戦争時代に行ったとされるスティグマ戦法が映像としてマジでめちゃくちゃ面白い。この後もジークアクスは見どころのある戦闘はあったのだが、単騎での戦闘というか真っ当な対MS同士においてはジークアクスで最も面白かったと思っている。

 作中で根幹となっていた「MAV戦術」としても、結果的にシイコのこのスティグマ攻撃に対する回答を明確に出せてるのはあんまりいなかったんじゃないかと思う(なんかマイクロブラックホールとか出せる規格外なやつらとかは置いといて)

 ジークアクスという作品世界をフルに活かした面や様々な面での面白さが凝縮された1話として選びたい。

 なにより、たぶんジークアクスという作品が「機動戦士ガンダム」に侵食されすぎない中で面白さを出せていた一番の回だったのではないかと思うのだ。

 でもジークアクスという作品は機動戦士ガンダムに侵食されるべくして侵食されているので仕方ないね(?)

 

クラシック★スターズ 12話 鉄槌-ジャッジメント-を

 どの回を選ぶか一番悩んだアニメ。もともとの予定ではこのアニメで2話分は埋まってました。

 なんだかんだ11話がかなり好きなのだが…… やっぱり12話かな!という形で。

 クラシックスターズという作品は元々主人公のベートーヴェン目線で描かれている物語であり、ベートーヴェン目線から一貫して他のキャラが描かれる。

 そのうえで後半戦になるとベートーヴェン以外のキャラの目線や内面、そして他のキャラ目線でのベートーヴェンについてが語られる。

 そういったうえでその主人公であるベートーヴェンが不在となり、ベートーヴェンの存在を明確にチームであるグランマイスターの他キャラたちが語るのがこの12話となる。

 元々音楽をするつもりはなかったベートーヴェンが、作中キャラ達の音楽の熱に影響されて音楽に踏み込んだこと。

 そしてベートーヴェン以外の3人。リスト、ショパンモーツァルトベートーヴェンの熱によって様々な影響を受け、そして今があること。

 それは主役だけでなくライバルチームであるDis=Cordでも描かれる。11話で「大義のために、復讐のために音楽をやっている」ことを語るDis=Cordに対し、ベートーヴェンはかつて自分が心を動かされたDis=Cordに自分たちの音楽で自己表現する。

 それを聴いたDis=Cord達も、グランマイスター… ベートーヴェンに影響され グランマイスターの音楽をもう一度聴きたいがために音楽を奏でる。

 クラシックスターズにおける音楽の立ち位置。誰かに伝えたいものを伝えるために歌い、それに心を動かされ何かが変わる。誰かの世界を変える。

 それがキャラクターたちの機微によって細かく描かれる12話はやはりベストな回と言えるだろう。

 そのうえで本命のベートーヴェンに雷が落ちるのだが…! まあそれはそれとして。

 キャラクターたちが相互に関係し、相互に内面と外側が描かれ、そして音楽がそこにある。これ以上ないこのアニメがライブアニメとしてやりたいことが結実している1話。

 物語的にも演出的にも過不足ない1話だろう。

 個人的にはこのアニメのそれぞれの単話がそれぞれ今年一番級のアニメだったと思う。

 

「俺は…… 何をしていた。 怒鳴って八つ当たりして…… 喧嘩ばかりだった。お前にはいつも怒っていたから。よくやっていると、お前の歌声はすごいと。褒めたことも、労ったことも…。優しい言葉ひとつかけなかった。いつの間にか、お前がそばにいるのが当たり前になっていることを認めようともせず……。

 コンテストでてっぺんをとるんじゃなかったのか!?お前がいなければ…俺たちの歌は始まらないんだ!お前がいなければ!お前でなければ!いくな!俺を置いていくな! ……俺の……運命……!」

クラシック★スターズ 12話より

 

 

Turkey! 6話 飛び越えて、リバースフック

 Turkey!というアニメにおいて、この作品の持つ最も印象的な部分として自分は「ボウリング」という軸と対比されて描かれる「死や厳しい現実と隣り合わせの戦国時代」だと思える。

 Turkey!というアニメを見ているとき、作中できっとこの主役となる女子高生のメインメンツは流石に死ぬことはないだろう……と思っているのだが、どうしても「もしかしたら急に死ぬかもしれん…」みたいに思わされてしまう。

 最終回のあたりの命をかけたボウリングの時も、「もしかしたらミスって死ぬかもしれない…」って思わされる。そういう鬼気迫ったものがこの作品には常に漂っていた。

 それをある意味感じさせてくれたというか、そこが掘り下げられた回がこの6話だと思う。

 恵まれた体格や恵まれた時間、恵まれた選択肢を持つ現代の人間と、選択肢がない、生きる手段として女性であることを隠す、生きる手段として、今を守る手段として相手を殺さざるを得ない。

 6話で描かれたものは、現代にやってきて戦国時代の人間と絆を繋いだ少女が戦国時代の中で生きるために様々なものを選び、捨てなければならなかったことに寄り添う選択肢として「殺しという行為を一緒に背負う」というものだった。

 この回こそがTurkey!における厳しい現実と「2投目」という選択肢を与えることの本気度を視聴者に感じさせてくれたのではないか。

 ところでこの回見返したらやっぱりちょっとヤバイわこのアニメって笑っちゃいました。

 

美男高校地球防衛部ハイカラ! 第漆話 蟹工船で ハイカラだぜ!

 他記事でも語っているのだが、まったく美男高校地球防衛軍シリーズには触れてない中たまたま見た本作。

 全体的に楽しんだ本作だが、その中でも印象的だったのがこの回。蟹工船ネタとミュージカルネタ(たぶんレ・ミゼラブル)を組み合わせたこの回。

 作中の美男高校地球防衛部の5人の中のトレードカラーが黄色の長万部潮が主役の回となり、潮は食いしん坊キャラというありきたりで平凡、個性のない自分というのに悩むのだが、そんな中ひょんなことから蟹工船での強制労働に巻き込まれてしまう。

 蟹工船で働く潮だが、その実態は強制労働の中不当なレベルで細い食事を強制されるなどで怒り心頭。蟹工船の労働者のため 革命のために立ち上がる。(ミュージカルで)

 真っ黒企業を打倒するため、労働者たちと歌と蟹で一丸となる潮。しかし、労働者を管理する管理職もまた労働に苦しめられる労働者だったのである…!

 さて、美男高校地球防衛軍ハイカラでは毎回敵組織である蛮華羅親衛隊によって強くストレスを感じてる人物を素材として怪人が生み出される。

 この回ではもちろん蟹の怪人が登場。蟹怪人によって労働者たちは人間缶に変えられてしまう…!(?)

 個性のない労働者と重ねられ、個性のないキャラ性を揶揄される潮だが……

 そんな潮の食いしん坊キャラが決して無個性ではないことが示されるオチになるのだが…

 

 冷静に考えて食い意地のために革命まで起こすやつのどこが無個性なんだ?!というギャグが成り立っている全方位で滅茶苦茶に楽しい回。

 蟹怪人(一応人間が素材)を本当に食べる倒し方も猛烈にハイカラ。

 美男高校地球防衛部ハイカラ!という作品の、社会風刺ネタやパロディネタを踏まえたギャグがこれでもかというほど詰まった素晴らしい回。

 他の回もめちゃくちゃ風刺ネタの鋭さが楽しいうえでノンストレスで楽しめるバカさ加減なので是非興味があったら見ていただきたい。

 頭からっぽで楽しめるアニメって表現はきっとこういうギャグアニメのためにある!

 

機械じかけのマリー 9話 嘘と秘密がバレたマリー

 人間嫌いの御曹司であるアーサーのメイド兼用心棒として「ロボットである」という嘘をつくことで寄り添うマリーを描く物語。

 アーサーはマリーと関わる中で様々な人と触れ合い、人の優しさにふれていき、そしてマリーはアーサーに付き従う中で恋心を抱き、同時に嘘をつき続けることに苦しみを感じ始める。

 マリーはアーサーとのかかわりのおかげで様々な関係、友達を得ることができ、それがこの9話では一つ着地する。

 そしてアーサーがこの回でついにマリーがロボットではないと気づくことになる。

 しかし、この回のミソはアーサーが「他人の悪意と優しさを感じ取れるようになっている」ということだ。

 今までの積み重ねの中でアーサーはマリーが自身に危害を加える気はないこと、悪意がない嘘をつき続けていたという事実をしっかりと受け止め むしろマリーと一緒に居続けるために自分が「ロボットだと気づいてない」という嘘をつくことを決意する。

 様々な嘘がテーマとなるラブコメのこの機会じかけのマリーにおいて、9話は様々な意味でとても大きな回だ。

 そのうえで機械じかけのマリーという作品のうまみ…… 学園での日々、屋敷での日常、そして嘘の交差。それらが全て詰まったうえでの素晴らしい回だと思う。

 コメディ的な面等では他の回もかなり好きなのだが(マリー2が活躍する回は特に)機械じかけのマリーといえばやはりこの回なのかもなと感じてチョイスした。

 でも機械じかけのマリーってアニメははっきりいって全部すきです!

 

デジモンビートブレイク 10話 本当の友達

 一応、この回は9話とあわせての前後編となっているので事実上はそんな感じのセットの回だ。

 デジモンビートブレイクという作品において、デジモンの存在はデジモンを生み出した人間の写し鏡のような存在になっている。

 一貫してこの作品では写し鏡となる自分自身ともいえるデジモンたちとどう向き合うか。それが一つのテーマとなる。

 9話と10話では主役キャラである久遠寺マコトと対比されるゲストキャラとして山田ハルコというキャラが登場し、それがメインとなっている。

 彼女はかつて親の離婚を経験し、その離婚の最中で生まれたデジモン、シェイドモンが自身のコンプレックスの合わせ鏡のような存在であるという事実、自分の弱さから逃げ続けている。

 他者を操りたいという弱さ、そしてそれを願ってしまう自分の醜さという弱さからも。

 そのうえでかつてのあこがれの対象であるマコトに対し、マコトのデジモンであり戦闘には向かないキロプモンを自身のデジモンとすることでマコトの弱さを否定しつつ自身の寂しさを紛らわせるための都合のいいものとして手に入れようとする。

 そのうえでマコトはキロプモンももう一人の自分であり、その弱さも醜さも在りのままとなること含めて自分自身。そしてそれを受け入れる強さを語り、キロプモンとともに暴走するハルコを助け出す。

 デジモンビートブレイクという物語のテーマ性があまりにも強烈に押し出されつつ、そして同時に主役キャラクターたちがこのストーリーだけでかなり様々な面を見せてくれるという意味でも非常に魅力的な回だ。

 なによりこれがデジモンビートブレイクというアニメにおけるデジモンの花ともいえる「進化」のお披露目回なのも非常に大きい。

 暴走するハルコに対し、ハルコの願いを叶え続けたシェイドモンこそがハルコを最も思っていた存在であったこと。

 ハルコはずっと一人ではなかったこと。ラストのオチも非常に美しい。

 年末に滑り込んできた超絶濃すぎるこの回、いくらなんでもやりすぎだけどやりすぎなくらいがちょうどいい。そんな1話をチョイスしたい。

2025「もっと評価されるべきアニメ」に投票するときに書いた文章

 

nlab.itmedia.co.jp

 毎年ねとらぼさんの方ではるのおとさんが書かれている「大のアニメ好きが選ぶ"もっと評価されるべきアニメ"2025」の方に投票させていただいた際の文章となります。

 毎年毎年長ったらしい文章を書いてしまってはるのおとさんには申し訳ないばかり。

 ちなみにアニメ映画の方は全然見れてないので選んでいない形になっています。

 

 

陰陽廻天 Re:バース

陰陽廻転Re:バース より



 デイビットプロダクションが初挑戦したオリジナルアニメであり、
 鳴り物入りなだけあってロボットアニメから等身大戦闘等様々な面白さが詰まったエンタメ作品として非常に面白い作品でした。
 毎週毎週状況がコロコロ変わる面白さもテレビアニメの面白さを追求した作りになっており、そのうえで一本通ったテーマを貫く丁寧さも光っている作品でした。
 しかし、オリジナルアニメ恒例の全く話題にならない状況の中、広報が苦しそうに宣伝していたのが印象的な1作です。
 毎年同じようなことを言ってるかもしれませんが、今年もオリジナルアニメが挑戦的に様々な面白さに挑戦していて その一作として印象的でした。

 

クラシック★スターズ

クラシック★スターズ より




 今年自分が最もハマったアニメだったかもしれません。
 シンフォギアのタッグによる企画で作られ、そのうえでテーマと合致したライブシーンやストーリー構成等が光った名作だと思います。
しかし例のごとく全くオリジナルアニメとしては話題にならず、
 お世辞にもお金のかかったアニメではないところが個人的には様々な演出の工夫につながっていたと思うのですが、
 そういった部分もそもそも見られてないので顧みる機会もなさそうで残念に感じている1作です。
 それでも素直に面白かった!という意味でチョイスしたい1作です。

 

空色ユーティリティ

空色ユーティリティ より



 ヨースターピクチャーズが元々作っていたオリジナルアニメのテレビアニメ化作品であり、前年から続くゴルフアニメブーム(?)に続く1作になりました。
 内容としてはゴルフの完全な初心者でありあまり上手でない人を描くという意味で最近のゴルフアニメの中ではある意味異色ともいえる作品でした。
 趣味を描くアニメとしてゴルフがしっかり主軸になっており、「ゴルフをソフトに楽しむのもあり」というのを伝えたい作り手の気持ちが伝わってくるような1作だったと思います。
 ヨースターピクチャーズという会社が作った作品群だと、会社のスタッフのカラーが出てる1作として一番好きな作品となったかもしれません。
 しかしこちらもオリジナルアニメのサガなのかあまり話題にならなかったように感じます。
 話題にならなかったという部分が評価基準の中心というわけではないですが、こういった作品群の存在を思い返してやはり毎年悔しく感じるところではあります。

 

妃教育から逃げたい私

妃教育から逃げたい私 より



 正直今年のアニメの中では最も演出的な部分としての完成度ですごかったアニメかもしれません。
 今年、自分の中でこれを超えるアニメは中々ないです。
 監督の田頭しのぶ監督は「伊藤潤二コレクション」等を監督している方で、伊藤潤二作品の映像化においてもかなり演出が光っており、その腕が遺憾なく発揮されていたように感じます。
 テンポよく転がる劇のような作風、どのキャラクターも楽しく描かれる演出、どれをとっても見てて楽しい1作でした。
 自分の好みという面を除いた場合、今年最も素晴らしいアニメは今作になるかもしれないと自分としては思っております。

 

美男高校地球防衛部ハイカラ!

美男高校地球防衛部ハイカラ! より



 こちらはある意味完全に自分個人の経緯というか、一つの出会いの結果として選んだ1作です。
 自分自身は全く美男高校地球防衛部シリーズは見ておらず しっかり見たのは本作が初めてでした。
 アニメとアニメの間に放送されていたのでたまたま見ていたのですが、監督の高松信司監督のギャグアニメへのベテランの作りが発揮されていた作品だったと感じます。
 時代設定を無視して様々な時事ネタを盛り込み、「地球防衛部」なのに部室では全然集まってないというのが作中で一貫されていることへのセルフツッコミ等、
 アニメという媒体自体をギャグにする作風がなんだかなつかしさがありました。まあ最近高松監督のオリジナルアニメであるアストロノオトもあった直後ではありますが。
 たまたま出会った結果として面白かったオリジナルアニメという意味で今年でも自分の中で強く印象的に残った作品です。
 そういう出会いがなんというかテレビアニメの楽しさかなとも思います。

 

まとめ

 今年は記事の結果も踏まえて感想を。

 まず今年は鬼人幻燈抄が1位になるんじゃないかな~と、TLとかを眺めていて何となく思っていて実際にそうなった形に。

 自分は他のアニメと時間が重なっていたので、鬼人幻燈抄はみていなかったので今回選ぶことはなかったのだが、それでも結構聞き及ぶことが多かったのでいつかちゃんと見たいとこである。

 一応1話の特番形式のやつは見たのだが、あんまりあの時点ではぴんとこなかったのでむしろ今後が楽しみというもの。

 逆に2位と3位は意外だったというか、むしろ結構両方ともそれなりに評価された、人気だったアニメかなという印象があった。

 とはいえムームーに関しては正直このレベルのアニメがこういう雰囲気で作られていることにちょっと驚くアニメであるし、うたミルに関してはアカペラをテーマにした作品故の音響へのこだわりなどがよく作られていて印象的だったし、どちらも納得度の高い作品だ。

 Turkeyやもめリリなどのオリジナル作品については挑戦的かつオリジナルとしてのこわだりや灰汁の強さが際立つ作品でまさに「評価されるべきアニメ」に選ばれるべくして選ばれている印象でもある。

 そんな中、自分としてはクラシック★スターズが10位以内に入ったのがちょっと意外だったりはする。

 正直もっと評価されないのではないかというか、そもそも見られている母数が少なかったという感触ではあったのでそこに関してはうれしかったところ。まあその少ない母数がわざわざ選び抜かれたアンケートのような気もするが…w

 一応今年も映画は選ばなかったが、キンツアやアイカツ×プリパラ等のタイトルを楽しんで、アイカツをたくさん見たりしたしそういう面でも思い出深い年になったといえる。

 あとヴァージンパンク。見に行った映画館がそのあと閉館するっぽくて少し寂しくなったりもした。ただこのへんは自分の中で結構評価されてんじゃねとも思う部類だったりはするしなので。

 本当はアズワンとかも見に行きたかったのだが映画だけは中々難しいところ…(お金が結構かかっちゃうので…)

 

 自分の中で今年選んだ作品はどれもなんというか思い出深い、評価されてほしいというだけでなくなんだか大事な作品だ。

 どの作品も出会いという面ではある種たまたまというか、そこまですっごい注目していたわけでもないところがあったり、どう面白く転がるかわからなかったうえで非常に楽しんだ作品ばかりだ。

 アニメをリアルタイムに見るというのはそういう自分から自発的ではない形などで出会えるアニメがあり、それを見続けて感動を得られるというのはやっぱりアニメを見続ける理由だと思う。

 特にこの中だと「妃教育から逃げたい私」と「美男高校地球防衛部ハイカラ!」は全くノーマークで出会ってものすごい楽しんだ作品で、そういう出会いが乗っかった 自分の中の「もっと評価されるべきアニメ」だ。

 

 まあなんだかんだ今年最も楽しんだのはクラシック★スターズだったなと何度か振り返っている。他記事では何度か語ってはいるのだが。

 オリジナルアニメというのはなんだかんだ「二転三転する展開」で構造を作りがちだ。もちろん悪いわけではなく、むしろ良いところだ。

 1クールという限られた中で展開を転がし、如何に視聴者に驚きや期待を常に与え続けられるか…… そういった面で陰陽廻転Reバースは猛烈な出来の良さであり、恐ろしいことに毎回毎回毎回見てて視聴者としては気持ちジャンルが変わったり新たなジャンルが加わるような形で楽しめる作品で、そのうえですっきりとまとまる展開とテーマ性が沁みる。

 Turkey!も視聴者をこれでもかとぶんまわし、そのうえでテーマとドラマ性はしっかりとキメた。

 空色ユーティリティは1話完結でそれぞれの日常を描きつつ特別でない中での特別さというのをゴルフに乗せて描く。ゆるキャン等から始まったムーヴメントを内包したうえでの丁寧かつよくできた演出が光った。

 前橋ウィッチーズはドラマ性とクリフハンガー的な作りで視聴者をキャラクター性に引き込みつつテーマと物語に引っ張っていく。実写ドラマ等に近い作りで視聴者を引っ張った。

 そういううえでクラシック★スターズを自分が評価するのは、クラシック★スターズは非常に「古典的」な作りという面だ。

 もっといえば自分がよく見る朝の子供向けアニメなどの作りに文法は近い。1話完結気味でその回ごとにキャラクターごとの販促……ライブシーンが挟まる。

 そのうえで組まれた物語が展開される。これはおもちゃの販促や50話ほどのアニメでの文法に近い。無論こういったアイドルアニメだとこういう作りというのはよくある作風でもある。

 毎回ある程度定められたテーマと実直な成長物語を本当に真っ直ぐ通した作品であることが自分の中に今も響いている。

 そしてその実直さを損なわない、何倍にも跳ね上げた様々な演出の数々も印象的だ。

 今年を振り返って、自分の中で今年で印象的だったのはそういった実直さ、物語に通る一本の線だったかもしれないと思う。

 もちろんそうでない作品も魅力的であるが、自分が見続けて最後まで見て感じるものというのは作品が自分に何を伝えたかったか、何がこの作品において大事だったのか……そういった部分だ。

 そこが自分の中で確信をもって楽しめたといえる作品たちと偶然出会えたこと、それが毎年一番うれしい瞬間だ。

 まあもちろん逆に「なんなの!!!!!!!!!!!!!!!!」って困惑する作品と出会うのも大好きだ。そういう意味ではクラシック★スターズもTurkeyもそういうところを実直さと同時に備えていたといえるだろう。

 自分としては今年の選んだ作品は、もう絶対自分の中でコレだったといえる。そういう作品を選べたこと そこがうれしい。そういう話がしたかった。

 だらだらと書いたがそのへんで。もっとアニメが見られますようにと祈りをこめて。

2025年 アニメOP、ED10選

 

 普段はOP、ED10選はツイッターで呟いてるだけなのだが、なんだか今年は書くやる気が出たのでそれだけのパワーがある年だったということかもしれない。

 そういうことで今年のOP、ED10選+特別枠となります。

 

OP部門

外れスキル《木の実マスター》 ~スキルの実(食べたら死ぬ)を無限に食べられるようになった件について~

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 今年の最初に最高得点を出しすぎてしまったOP。

 正直今回色々なアニメOPを見返してOP単体の完成度という面でこのOPを抜くアニメがかなり少なかったと感じられるレベルの名OP。

 演出での音ハメのタイミング、レイアウト、どこをとっても気持ち良すぎる。

 2025優等生OPとして10選としてチョイスしたい1本。

 

アラフォー男の異世界通販

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 正直本編はあんまり作画がよくないし、というかOPも作画が良いとはお世辞にも言えないし、物語もなんというかめちゃくちゃですごいアニメなのだが

 なのだがとにかくOPがいい!

 曲がいいのもあるが、OPのある意味定石を踏んでる結果なぜか良いOPになっている。

 ちなみにOPのシーンの多くは別に本編に関係ない。作中の重機もロボットも出ないし特段闘わないキャラもいる。

 すごい。

 でもOPがいい。

 ほかにもいっぱい良いOPはあるのだが… あるのだが選ばせていただいた。

 もし気になった人は是非本編もみてみよう。

 

魔神創造伝ワタル

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 今年のキッズアニメだともしかしたら結果的に一番好きだったかもしれない1作のOP。

 作品のらしさとロボットアニメ的な定番が詰め込まれたOPになっており、最新のワタルとして作られた作風と往年のアニメの演出的技術が噛み合った素晴らしいOPといえる。

 やっぱりサビでSEが入るロボットアニメのOPはうれしすぎ。 

 最終決戦で流れるシーンも印象的で、あらゆる意味で現代に受け継がれる子供向けホビーアニメ、そしてロボットアニメの良さがつまった1曲といえるだろう。

 

ぬきたし THE ANIMATION

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 これだけはチョイスしておきたかったなOPとEDを持つ作品

 ただ、本当は思い入れがデカすぎて10選には置きたくない!という気持ちではいた。

 アニメ1話を見て、「これは本編やった方がいいんじゃないか…?」と感じて原作に駆け込んだ形となったのだが 実際に原作さきにやってよかった…!とも思うしアニメを原作やらずに見たかったかもとも思うアニメ化作品。

 とにかくOPもEDも「こんなにアニメ作るのにやる気だしてくれてる」というのが伝わるものになっており、ファン冥利に尽きるとはこのこと。

 そういう意味で全然冷静な評価ができないものになっているのと同時に、OPに関してはモザイクや規制が多すぎて本来のOPの良さが規制版だとめちゃくちゃ損なわれているというのが無規制版をみることでわかる。

 本編も規制軽め版にも関わらず猛烈な規制がかかっており、エロ描写に関してはある意味妥協がなかったともいえる。

 公式で公開されていた無規制版を見たうえで思うが、スーパーアニメーターの〇〇責めや〇〇が描かれるシーンをこのレベルで見れるのは中々ないのではないか… と思う1作に仕上がっていると思う。

 アニメは結構原作のハードな部分を受け止めやすく仕上げてオリジナルストーリーとしてまとめあげているので、是非アニメを見た人は原作もおすすめだ。

 EDも実に素晴らしいのだがやっぱり思い入れで入る得点がでかすぎるので今回は選外に。

 

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クラシック★スターズ

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 今年最高のアニメのOPだったのでOPももちろん最高の1作。

 OPから既に何か異様な空気が伝わってくる部分もあるが、あまりにもこのOPのダンスとかも愛おしい。

 2025年の春クールはこのOPのポーズを毎週とって過ごしていた気がする。

 また、本編中での楽曲も印象的というかこのアニメの華はそちら。

 KISSとナハトムジーク、Not a Marionette、DESTNY IS MINE、愛の夜想曲-ノクターン-、レジスタンスの音域、交響曲★STARS MELODY……

 作中のどの楽曲も名曲、名シーンなので是非本編を見てない人は楽曲などにも触れて入って見てほしい。

 自分はNot a Marionetteがお気に入り。

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アポカリプスホテル

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 今年のOPとしてチョイスされることが多そうでもあるOP。

 かなり独特でオリジナルアニメだからこそ作れるOPという質感があるものとなっており、あらゆる点をとって「このアニメらしいOP」といえる。

 映画のパロディが多いアニメであるという点を踏まえても、OPがなんだかミュージカル的というか、そういうダンス的なのはなんだか作風に沿っているともいえるだろう。

 このアニメの主役ってなんだろう?って思ったとき、ホテルも含まれると思うとこのOPはある種作中のホテルのロビーという主役の一つを印象的に残してくれるという意味でも大きいかもしれない。

 

神統記(テオゴニア)

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 単純にすごく好きなOPであり、非常に美しく描かれてるOPという意味で選びたくなった1作。

 特に好きな部分がサビでアクションに入らないというところ。

TVアニメ「神統記(テオゴニア)」 オープニングより

 一番最初の盛り上がり部分であるサビでアクションにはいらず 船に寝る二人をただ映すOP構成が猛烈に美しい。

 美しい場面から一転しての波乱を感じさせるシリアスなシーンへの移行。

 映像のつなぎ方が気持ち良すぎる。

 OP構成という面においてあまりにも無駄のなくおしゃれなOPとして今年の中でもある種子天敵のように見えて抜群におしゃれな構成をしているといえるのではないだろうか。

 

Turkey!

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 今年のOP大賞はこいつかも… みたいになるOP。

 まず本編の内容をこれでもかと表現しているOPとなっており、正直初見は面食らうOPなのだが、OPの本気さが段々本気だとわかってくる本編で視聴者の覚悟と重なり合う。

 ボウリングなのになんかもう異様な迫力が伝わりすぎるOPの構造で視聴者が「いや…ボウリングっすよ…?」となるのを本気で投げてくるOP構成の出来に関しては見事しか言いようがない。

 ボウリングをなんっていうかかっこよく描いてる、必死で投げてるみたいなのをこんなに表現できるんだ…というプリミティブな気持ちになれる。

 特にサビの時を刻む時計とともに炎の中でボウリング球を構えるシーンの迫力は異常。

 何度見ても迫力が衰えない。

 そしてOPでなぜかやってる軽音楽のシーンも、まず前提としてこのOPが段々「未来から過去へのメッセージ、鎮魂歌」的に作られてる構成なのがわかってきて本気度でうわってなってくる。

 さらに本編中でOPには2バージョン目があるからと言わんばかりに「送る側、送り出す側」が逆転する演出なども加わり視聴者へのサービスも欠かさない。

 近年のアニメのOPとしてはある種愚直。ダンスなどで攻めたりもしてないしとにかく愚直にこちらに本気を突き付けてくるが故に視聴者が本気になるほどこのOPがストライクを決めてくる。

 今年のOPで完成度や良さや色々な面があるか あえて「大賞」という言葉を使って評価するのであればこのOPは確実に大賞だ。

 大賞です。 

 咲き誇れ今 咲き誇れ今

 信じていたい私がいる理由を

 どんな悲しみさえも魅力に変えてみせるよ

 舞い上がれ今 舞い上がれ今

 誰も奪えない私たちの全て

 勇敢に咲いた花が

 顔向ける方角 それこそ明日だ

 長野県一刻館高校ボウリング部(2025)「ヒャクニチソウ」より

 

カラオケ行こ!

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 こちらのOPも是非クレジットアリの本編での映像で見ていただきたいOP。

 カラオケ店の個室の闇で輝くネオンのように輝くスタッフクレジットが映像とぴったりとマッチしているOPとなっている。

 タイトル出しも曲のラストあたりで出されるおしゃれ演出。

 OP自体が特別多く動くとか、そういったOPではない故に走馬灯のように流れる映像がまるで作中で意を決して歌を歌う瞬間に脳内を駆け巡る記憶のように感じられる。

 タイトル出しのタイミングといいある意味現代的なおしゃれでMVのようなOPであると同時に、ダウナーで危険さを感じさせる怪しい雰囲気。この作品の「顔」としてしっかり成り立っている良いOPで好きだ。

 

9-nine- Ruler's Crown

youtu.be

 コワレオチタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!

が印象的なOP。

 曲自体も印象的だがとにかくOP映像も印象的。なんか形容が上手くできなくて申し訳ないがなんか映像の色やコントラスト含めてちょっと古臭い感じがクセになる。

 しかしその中にある猛烈な疾走感というかケレンみはどうしてもほかのOPでは得られない。

 今年の中で個人的に一番好きなOPだと……こいつかもしれない……!

 という自分の中の一つの確信でこちらをチョイスさせていただいた。

 君が見せたアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!

その涙はアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

崩れ落ちたアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!

この世界還す光ィイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!!!

 あらき(2025)「ResoNance」より

 

ED部門

妃教育から逃げたい私

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 まず自分の中で単純な完成度や出来という面では今年の中でも指折りの1作だったというところのうえで、このEDの存在の大きさがある。

 演出や構成的には単純な作りといえるだろう。しかしこの妃教育から逃げたい私という1作はちょっとした劇のような作りやレイアウトが意識されているシーンが多く感じられるものとなっておりそのうえでこのエンディングはそれぞれの作中キャラが登場するエンドロールとして作られている。

 不思議とこの作品の構造としっくりくる作りになっているこのEDが自分の中では妃教育という作品のOPとは違う意味での顔として印象的なものとなっている。

 そういったところからこのEDを選ばせてもらった。

 単純な出来や完成度や技術だけではなく、「このアニメはこれしかない」と思うED。そういった意味でこのEDをチョイスさせていただきたい。

 

ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミア ILEEGALS-

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 個人的に曲としてもEDとしても印象的な1作。

 ヴィジランテという作中設定でのヒーローとは違う、自警団という輝かしいポジションとは違う形でのヒーローたちを描く本作において EDでの夜景の中を駆け抜ける主人公たちの存在は作品を非常によく象徴する映像となっているように感じられた。

 サビの入りからのスピード感も気持ちがいい。

 歌詞も力が足りず、ヒーローにはなりきれない ヒーローとは違った形での戦い方をする彼らなりの「スピード」を語る構造となっており、この作品の描くヒーロー性を象徴しているように思える。

 個人的に今年の中でも印象に残ったEDとしてこちらをチョイスしたい。

 

 今のスピードじゃ追い越せないから

 最高到達点超えて 今君のもとへ

 不安なんて僕が吹き飛ばすよ

 それでいいかい? それでいいかい?

 yutori(2025)「スピード」より

 

魔神創造伝ワタル

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 OPとともにEDもチョイス。

 本編終了ともにシームレスに入るのが印象的なED。

 主役二人やキャラクターたちが楽しく登場しつつ構成されたEDとなっており、本編を見つつこのEDがかなり個人的に魔神創造伝ワタルというアニメの一部として印象深かった。

 さまざな現代のネタや炎上を皮肉るギャグに対し、明るいテーマに関して常に愚直に明るく一本通す本作の現代的な「楽しさ」をED一本で表現できていると感じられて好きな1作となっている。

 

クラシック★スターズ

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 OPとEDでいえば、クラシック★スターズという作品性という意味ではEDの方が印象的かもしれない。

 それぞれのキャラが持つ陰りと同時に、サビとともに前を向きステージに向かっていくことを描く演出が止め多めつつしっかり描かれる構成。

 作品の持つテーマや作品自体の作りにおける「変だけど」「自分たちなりに」「本気」みたいな空気感が伝わって視聴者の背筋を伸ばしてくれるようなEDとなっている。

 

 昨日(クラシック)のその先に

 どんな明日が待ってるのか?

 ともに見つけにLet's Go

 可能性は無限大レベル

 

 今日がその始まり「前奏曲(プレリュード)」に過ぎないってこと

 まだ見ぬ光に手を伸ばして

 星をつかめ

 Gran★MyStar(2025)「BEYOND★CLASSIC」より

 

華 Doll*-Reinterpretation of Flowering-

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 改造人間のアイドルたちの活動を描く本作において、個人的に華Dollという作品を象徴しているように感じたED。

 美しいながらも何かに落ちていくような曲調と歌詞。

 本当に届くかわからないものに手を伸ばしているかのように感じるEDが、なんだか自分の中でこのアニメ自体の内容と重なる感覚があった。

 特別演出などがなにか特筆する部分があるとはいえないが、個人的には特別な1つとなったEDとしてチョイスしたい。

 

忍者と殺し屋のふたりぐらし

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 かなりこのアニメの象徴的に作られてると体感感じられるED。

 ポップな曲調と映像で描かれる作中で死んでいく少女たちのダンスと亡骸が印象的。

 作品自体の持つ倫理観と裏腹に描かれる日常、そして後味の悪さのうえでこのEDを見たときにこそ感じるものがある。

 シャフトという会社の送り出した1作としてもなんというか現代で新しい形を出せたEDとして印象的であることも含めてチョイスしたい1作。

 

mono

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 ED映像での主観超作画が印象的なED。

 monoというアニメ自体がある程度1話で何かしらの軽い旅をしてそれを終えるような作りなのうえでこのEDの「家に帰って寝る」という感覚になれる感じがアニメを非常に象徴するものとなっていると思う。

 また、エンディングで寝ているシーンで本編を振り返る形で夢で見ているかのようにする演出も実にすばらしい。monoというアニメの魅力をEDまでたっぷりにつめている。

 ノンクレジットでは楽しめない部分なので是非本編でそれらも楽しんでいただきたい。

 

日々は過ぎれど飯うまし

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 たまに「死ぬときに見る、見てるときに死ぬのかな俺って思うED」みたいな表現をするEDが存在するのだが、これがそれに入る。

 今年はこの作品とは別に大学生を描くぐらんぶるの2期が存在したが、それとは別ベクトルにこのEDひとつに最後のモラトリアムが詰め込まれている。

 過ぎ去っていく日々、楽しいなにか。そういう一瞬が詰め込まれた1作としてこれ以上ないものといえるだろう。

 

 なのに僕ら 幸せに慣れたら

 幸せになれたらって願うんだろう

 欲張らないのがミソ どうして?

 おいしいに慣れても おいしいは飽きないのに 

 かみのみそ汁話

 汐れいら(2025)「味噌汁とバター」より

 

機械じかけのマリー

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 機械じかけのマリーにおける主人公、マリーの恋心を赤裸々に綴るED。

 最初の時点では1枚絵で描かれるEDだが、物語が進むとマリーの友人であるマリー2とのデュエットに進化しEDが完成。
 嘘をつき続けるマリーと、嘘ではない存在ゆえに嘘を支えるマリー2によって出来上がる歌はまさにハートがクロスするものとなる。

 機械じかけのマリーという作品を象徴する1曲として印象的。

 EDのしかけの面白さもあるが、このアニメを見てた時にこのEDになったとき、アニメを見続ける中でのうれしさという面でこのEDをチョイスした。

 

 

 嘘つきから始まった恋

 嘘じゃない真っ直ぐな恋

 知らなかったこんなにも

 もっと強くなる

 不器用な弱さも知って

 新しい自分を知った

 だから迷わない 背中を押して

 あなただけを守らせて

 マリー(東山奈央)&マリー2(小清水亜美)「Cross heart ~偽りのない気持ち」より

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BAYBLADE X(3年目)

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 今年で3年目となって新章に入っているベイブレードX。

 ベイブレードX全体を見てきた中でも、一番好きなEDがこちらのED。

 作中テーマや作風的にもダンスがOPやEDに取り入れられるシーンが多いのだが、今までのEDで最も爽やかなEDと仕上がっており、個人的にめちゃくちゃ好き。

 単体の完成度としても無論高く、キャラクターたちがグラフィックアートの世界で歩くようなMVの質感のようでもある映像が非常におしゃれな一本となっている。

TVアニメ『BAYBLADE X』 エンディングより

特別枠

 

空色ユーティリティ

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 まずこの作品のOP、EDについてははっきりいって10選級と言って確実に差し支えないOPとEDだと思っている。

 しかし…このOPとEDの良さを語り切る手段が結構自分の手元に少ない!というふがいなさが今回の特別枠選考となった理由だ。

 特別ではない少女が特別になれる一瞬をゴルフで得る本作の構造において、OPは「ゴルフで特別になれている楽しい日常」を描く明るい構造と対比され

 EDは「特別ではない彼女たちの美しい一瞬」を描くこのOPとEDは表裏一体的だと感じられている。

 OPの「主人公になろう!」はまさに新しい何かへの一歩を踏み出すことで新しい自分らしさ、新しい運命に踏み出す歌となっているのに対し

 EDの「水平線」は変わらない自分らしさを大切にしようという歌となっている。

 これはまさにこの「空色ユーティリティ」という作品の描くゴルフとキャラクターの関係性。作品自体全体のテーマそのものだ。

 OPとEDは作品のある種の顔とはいうが、これぞまさにオリジナルアニメとしてのテーマの込め方がしっかりと構造レベルで描けていると感じられるし、だからこそ自分はある意味、OP、ED単体ではなく 作品全体の一部としてこのOPEDを語りたい。

 

 

 笑われてもいい

 揶揄われてもいいよ

 そのままで居よう
 君となら凛と胸を張れる
 一面に広がる空に
 大きく手を伸ばして

 矢作萌夏(2025)「水平線」より

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GAMERA -Rebirth-

 

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 ガメラリバース自体は厳密にはこのクールのこの年のアニメではなく、一応ネットフリックスで2023年の9月に配信されたアニメである。

 なので今回は特別枠選考とした形だが、どうしても語りたいくらいこのアニメのOPが好きだ。

 ガメラリバースという作品はガメラと子供の関わり、突如襲い来る怪獣たち、怪獣を巡る謎の組織 それらが絡みあうひと夏の物語を描くジュブナイルストーリーとなっている。

 このジュブナイル、少年たちの夏のモラトリアムを猛烈に音楽で描いているのがガメラリバースのOP「夏暁」であり 曲調、歌詞のどれをとってもこれほどまでにそういった構造を音楽として描くことができるだろうか?というほどのガメラリバースという作品テーマや構造と合致した素晴らしいOPだ。

 ネットフリックス作品のOPは基本的に本編映像を流用していることが多く、あまり自分としては評価が低くなる傾向があるのだが それらを貫くほどのOPの強度を持ち合わせていると思っている。

 傘を忘れて 来るはずもない迎えを待つ
 行き先は選んでいい 雨はしばらく降らないらしい
 WANIMA(2023)「夏暁」より

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機動戦士Gundam GQuuuuuuX

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 今年何度もリピートした1曲として印象深い1曲。

 しかし…OPはなんか… 思ってたのと違う!とちょっとなったOPでもあった。
 実際に本編の内容を見ると納得というか、とにかくこうガンダムのネタやりたすぎ!が全てにおいてはみ出していたのがOPもはみ出していたように感じられる。
 そういう意味では監督に求めてたベクトルというとEDのほうが質感が出てるのかもしれない。
 だがそのうえで語りたいのは米津玄師本人のMVだ。もうなんか言いたいことはわかるんだけどすげえシュールなMVで好き。
 米津玄師が水の上でふわふわ浮いているMVのワンシーンはアニメをリアルタイムでみていた人なら印象的だろう。
 なんかどうでもいいこと語ってばかりだが、とにかくいい曲でありある意味ジークアクスという作品をありありと表現している一曲なのは確かとして今年の中でも印象的な一曲といえるだろう。

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まったく最近の探偵ときたら

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 かなりこの「まったく最近の探偵ときたら」というアニメを良くも悪くも表現できているともいえるEDであるが、特筆すべき部分はこのEDはその回によって映像がかなり変わるEDだということだ。

 とにかくこのEDは凝っていて、しっかりその回ごとのスタッフロール等が気持ちがいい余白に埋められており、EDはスタッフロールあってこそのEDであるというのを感じられる。

 故にノンクレジットEDの寂しさがヤバイ。是非このアニメのEDは本編で楽しんでいただきたい。

 

ゲーセン少女と異文化交流

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 安心を感じられる往年の萌えが詰まったOPとED。

 これを見ている瞬間 あ!アニメ見てるなぁ~!ってなれる感じがすごく好きだ。

 もうとにかく主役のヒロインをかわいく描こうという意思が全編から伝わってくるOP。

 10選には食い込まなかったが、今期萌えOPランキングだったら確実に1位クラスだろう。

 そういう意味で書き留めておきたかった1作。

 EDもいいよね。

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フードコートで、また明日。

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 tiktok的なダンスとかが流行り気味な最近のアニメの今日この頃。

 「アニメのOPでダンスする意味とは?」というのに割とおしゃれやtiktokウケ以外の意味を考えたりしてしまうアニメオタクもたまにいたりいなかったりするのではないだろうか。

 そんな中でもフードコートで、また明日。のOPはある意味完璧な女子高生ダンスのOPなのではないかと思う。

 なんか正直ダンスになっているのかよくわからない女子高生のダルめのダンス。それがキャラクター的に二人で対比され描かれる。 女子高生二人がフードコートでダベるというのが作品構造となっているアニメにおいてこれ以外に選択肢があっただろうかというOPとなっている。

 アニメーションにおいて「上手じゃない、下手くそな動きをあえて描く」というのは意外と難しい部類として語られるものの一つだが、そういう意味でもアニメーション的にも演出的にもよくできているOPじゃないかと思う。

 EDに関してはこの作品のらしさを猛烈に表現できているという意味で言わずもがなだ。

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美男高校地球防衛軍ハイカラ!

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 美男高校地球防衛軍ハイカラ!という作品のOP、アニソンとしてこれ以上にハイカラな曲はないといえる一曲にしあがっているという意味で印象的なOP。

 そもそも作品内で文明開化とか明治時代とか全然無視した描かれ方をするギャグアニメなのだが、ハイカラというワードの便利さでゴリ押すこの作品においてハイカラを連呼しまくるOPの歌詞のハイカラさがあまりにハイカラ

 ハイカラハイカラハイカラでありハイカラだ。アニメ本編のハイカラハイカラで今日もハイカラハイカラでありハイカラがあるといえる。

 ハイカラハイカラハイカラすぎるハイカラだが、一点残念なハイカラはこのアニメのOPが公式でyoutubeで公開されていないという点だろう。

 せっかくのハイカラが楽しめないハイカラとなってしまっているので是非公式にはハイカラなOPを公開してほしいハイカラだ。

 

New PANTY & STOCKING with GARTERBELT

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 まず前提として、PANTY&STOCKING with GARTERBELTという作品が自分としては非常にアニメを見てきた経験の中で大きな1作であり、この作品の続編が実際にでるということ自体に驚きが隠せなかったものだ。

 そういった思い入れという面でこの作品は選びたかった1作だ。

 正直特筆するほどOPとEDが猛烈に素晴らしい!とまでは語る感じではないのだが もうこのOPとEDを見るだけでちょっと涙が出てくる。

 特にEDなのだが、無印のEDはちょっと不穏な雰囲気を醸し出すEDとなっており、かわいらしさに対し天使の二人がひどい目にあう… という構造だったのがかつて印象的だっただけに そういう構造ではないのが最初は少し寂しかった。

 しかし、1作目を踏まえて元々は敵の悪魔の姉妹でありメインと言うほどではなかったキャラであるデイモン姉妹がEDでメインメンツと一緒にダンスするというのが、NEWでデイモン姉妹がメイン入りしたのを踏まえて描かれていることに感動してしまう。

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 なんだか楽しそうなことに感動してしまう。

 完全に思い入れ10割なところがあるので今回は特別枠扱いとさせてもらった。

 それでも単純な完成度という面では個人的には1作目のOPとEDの方が好きで、もしパンストを見たことがない人は是非1作目から楽しんで見ていただきたい。

 

Dr.STONE SCIENCE FUTURE 2クール目

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 正直OPやEDに関しては他クールの方が強いかな~と思っていたドクストSCIENCE FUTURE編。

 しかし本編を踏まえて、EDで走る人が変わっていく演出には流石に心を打たれた。

 多くは語らないが、このための演出だったのか!となった時の感動がひとしおだったこのEDは是非書き残しておきたいと思い今回特別枠で。

 

気絶勇者と暗殺姫

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 今年のアニメでも出会えてうれしかった1作としてチョイス。

 かなり節約気味の本編流用部分のあるOPでありながら、印象的なOPとなっている手腕。
 そして現代パロで仕上がってるED。どちらも作品とぴったり合うOPEDとなっていると思う。

 全部見終わってやっぱりEDが現代パロになっていることがなんだかうれしくて好きだ。

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嘆きの亡霊は引退したい 第2クール

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 初見の時「な なんだこのED……?」としか思えなかったEDが最終的には結構ひっくりかえったという意味で印象的なED。

 正直1期のEDの方が好きなのだが、それでも2期全話を見たうえで「2期はこのEDしかないかな…」と思わせてくれた。

 納得したけどこのEDにしたのマジ!?というセンスが実にたかた監督らしいともいえる。

 なんだかそういう意味で実にうらやましいアニメ化。自分の好きなアニメもこういう形で原作をアニメ化されたらうれしいだろうなというのが隅から隅まで詰まっている。そういう象徴としてチョイス。

 

素材採取化の異世界旅行記

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 正直OPの時点でなんかちょっと作品のユルい変な空気が醸し出されており、そういう意味で非常に作品の顔としてはよくできているOP。

 本編を全部見た後だと、驚いたことにアニメ本編でこのアニメのOPのシーンに関しては大方回収されているような気がする。

 されてるからなんだ。

 最後のシーンで謎の口パクをしているのがいまだに気になる。

 どうしてこんな気分になるのかわからないOPとして特別枠でチョイスするしかない1作。

 なんなんだこのOP。

 

まとめ

 今年も様々なOP、EDがあったが、近年はOPとEDを本編に食い込ませたり様々な工夫をするのがより多くなってきているような気がしている。

 また、ダンスをOPでやったりなども印象的なアニメが増えたり、現代のOPらしさというとMV的なものになりつつあるというのは毎年感じる部分だ。

 そのうえででは「アニメらしいOPとは」という面において、今年のアニメは個人的にそのアニメらしいOPというのが結果的に自分の胸をうったような気がするものが振り返って多かったかもしれないと思う。

 1枚絵やそれほど動くわけでない映像をクロスフェードやスライドさせる演出、音ハメを踏まえてのサビでの盛り上がり、アニメ本編をOPやEDをギミック的に組み込むギミック的演出。

 ある種の定番ともいえる部分を抑えつつ自分らしさを描いたOP… そういったものにアニメでしかできないもの。MV的なアニメーションとは違った趣や仕組みを感じられるのかもしれない。

 あまり総括しすぎるとアニメ全体の総括になってしまうのでこのへんで。

 

 

2025 秋アニメ:人狼はいったい誰なのか?秋アニメから人狼を見つけだせ!

 2025年も終わりに差し掛かる中今年最後のクールとなる秋アニメが始まっている今日この頃。

 その中でも注目株はアニプレックスが宣伝にかなり力を入れているゲーム原作アニメ「グノーシア」だ。

アニメ グノーシアより

 このアニメは大元はPSVITAのゲームが様々なハードに移植され人気を博したゲームが原作となっており、その内容は所謂『人狼ゲーム』を基にしたシステムとなっている。

 1日ごとに複数のキャラクターたちで議論を重ね、その日の吊り対象 コールドスリープする人間を決め、最終的に人間だけが生き残れば人間、人狼ゲームでいえば村人側の勝利。そして狼 グノーシアが過半数生き残った場合人間側の敗北となるシステムだ。

 このシステムの中でキャラクターたちの掘り下げやイベントが様々な形で発生する会話主体のアドベンチャーゲームとなっている。

 アニメ1話ではこれらを踏まえて会話劇主体のアニメとなっており、1話は原作をプレイした人には少々ニヤっとできる再現度になっている。

 さて、この人気作であり今期でもかなりの注目を集めるグノーシアを見習い、我々もアニメから人狼を見つけるべきであると筆者は考える。

 もし1クールの終わりに人狼アニメだけが残ってしまった場合、我々は人狼アニメによって食い殺されてしまうかもしれない。それだけは回避せねばならないだろう。と、いうことで現在の段階で今期アニメでのそれぞれの役職を考察していきたいと思う。

 

 

永久のユウグレ

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 「ジョジョの奇妙な冒険」の監督等で有名な津田尚克監督の手がけるP.A.WORKS制作のオリジナルアニメとなっており、ポストアポカリプス的世界観をかつてアンドロイド研究をする彼女と付き合っていた主人公が、その彼女にそっくりなアンドロイドとともに旅をしていくSF作品となっている。

 かつて現代社会が機能する時代において命に係わる怪我をした主人公「姫神アキラ」は、崩壊した世界で目覚め、そこはOWELと呼ばれる統一機構によって管理される人々が生活する世界になっていた。

アニメ 永久のユウグレより

 この作品の面白いところはポストアポカリプスでありつつ、人間はまだ生存しており、OWELと呼ばれる謎の機関によってさまざまな検閲や管理を行われており文化レベルまで現代社会と別物になっている凝った世界観描写にある。

 その中で主人公に結婚を迫るヒロインのアンドロイド、ユウグレは謎の一端を担いつつ強力な戦力でもありアニメのアクションシーンに彩りをあたえている。

 結婚という文化がない世界において結婚を求めるアンドロイドというのも作品構造的に大事な部分と世界観が噛み合っていて今後が楽しみになる1作だ。



 そういうわけだがこの作品の主人公には時折言語を翻訳するようなシーンなどのアンドロイドのような描写が存在し、少なくともすでに普通の人間ではなくなっているかもしれない伏線が貼られている。よって恐らく「人外」であると考えられる。

アルマちゃんは家族になりたい 機械じかけのマリー 終末ツーリング より

 今期別のアニメでのロボット少女系アニメである「アルマちゃんは家族になりたい」や「機械じかけのマリー」「終末ツーリング」等との繋がり、「ライン」が疑われるが、人狼であると決め打ちするのはまだ早いだろう。

 何故ならアンドロイドだからである。 しかしアンドロイドだからといって人狼でないとは限らない。もしかしたら機械の鎧の下からふさふさのしっぽが生えてくる可能性もある。

 十分に注意しつつグレー位置として動向を探っていきたいところである。

 

野原ひろし 昼メシの流儀

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 野原ひろし 昼メシの流儀は大人気作品「クレヨンしんちゃん」のスピンオフ作品だ。

 しんちゃんの父である野原ひろしが、仕事の合間等に食べる昼メシを様々な形で楽しむ姿を漫画にした作品のアニメ化作品となっている。

 この作品の魅力といえばクレヨンしんちゃんのスピンオフなのになんか原作の野原ひろしっぽくないのでシュールになってる」ところだ。

アニメ 野原ひろし昼メシの流儀より

 絶妙に野原ひろしらしさが抜けてるような気がする原作とは違った画風、リアクション、言動やポーズ 様々なところから読者が野原ひろしとは違った印象を受け、果ては「野原ひろしだと思い込んでいる別人」とまでネタにされてしまっている。

 そのうえでこのアニメについて語るのであれば、その原作の雰囲気をしっかりアニメに仕上げているというところがこのアニメのポイントだ。

 あくまで作りとしては昼メシを食べて食レポしていく道中を描く「孤独のグルメフォロワー」的作品として作られつつ、テンポよくしあがっているギャグと原作の顔芸などがしっかりアニメになっており、「普通に楽しめるけど、なんか違う。なんか野原ひろしじゃない」というシュールさが違和感なく楽しめるアニメとなっている。

 さらにひろしの言動だけでなく、作中に出てくる登場人物たちももれなくなんかウザい。昼メシを楽しんでいるだけでこうもウザイものなのかというのが爽やかに作品のシュールさに磨きをかけている。

 アニメ自体は「秘密結社 鷹の爪」などで知られるディー・エル・イーが担っているが、フラッシュアニメでありながらもアニメとして違和感のあるシーンは多くなく、自然に楽しめるのも素晴らしい。

 原作のアニメ化というものにおいて、「原作そのまま」ではなく「原作通り」の魅力を引き出している、今期においても印象的な1作と言えるだろう。

 そういう意味では原作を踏まえて1話をかなり原作の映像化に力をいれたグノーシアと違った形でありながら原作の良さを描く作品として一緒に楽しむのもいいかもしれない。

 

 昼メシの流儀が人狼かどうかを見定めるのはかなり難しい。少なくとも川口は人外に違いない。明らかにうざいし。

手を挙げてるのが川口

 しかしひろしはまだ人外と決まったわけではない。仮に彼が野原ひろし本人でなくとも、人外であるとは決め打ちできないからである。

 また声優も現在の野原ひろしと同じ森川智之さんが担当しており、しっかり「野原ひろしらしい」声と演技で野原ひろしを演じてくれている。

 ここで疑うべきは「狂人」である可能性だ。

アニメ 東島丹三郎は仮面ライダーになりたいより 狂人の例

 狂人は人間でありながら人狼サイドである存在であり、人狼サイドに有利になるように立ち回る役職だ。

 あくまで人間であるため、村人側だけでなく人狼側にもその狂人という味方サイドであるかどうかは推察することしかできない。だからこそ、狂人は人狼側にとってわかりやすいよう何らかの行動でアピールをすることが多い。

 ひろしはかなり不自然な行動が多く、これらは人狼側に対するアピールである可能性も考えられるということだ。

アピールの例

 よってあくまで疑いではあるが、狂人の可能性を視野に入れておくのがいいだろう。みなさんはどうお考えだろうか。

 

素材採取家の異世界旅行記

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 素材採取化の異世界旅行記は、異世界へと転生した元サラリーマンの主人公神城タケルが、剣と魔法の異世界にて素材採取家としての新たな人生をスタートする異世界モノだ。

 タケルには様々なチート能力が存在し、価値あるアイテム等を探査して素早く入手することができたり、自分の望む能力をある程度その場で発現することもできる。

アニメ素材採取家の異世界旅行記 より

 さらに作中描写では何か世界のシステムに干渉することで本来ありえないはずの能力まで発現するような描写もあり、その結果としてペットのドラゴンを従えるようになっている。

 ここまで読んでもらってわかるとおり、このアニメはごく平凡なよくある異世界モノの装いがあり、ここまでの説明を読んでいるだけならそれらの能力を駆使したスローライフのように感じられるだろう。

 しかしそこがこのアニメの偽装工作だと筆者は考察している。1話では二足歩行仁王立ちのドラゴンが湖から出てきたのに物怖じもせず会話し、正直要領を得ない会話でなぜか仲間を増やす展開など不自然なシーンが多い。

 しかし人外であることを疑う要素も少ない。人外でなく、しかしながら何らかの能力を持ち合わせる役職。

 筆者はこのアニメは「占い師」の役職の可能性を推察している。

 占い師は村人陣営側で、1ターン終了ごとにプレイヤーの一人を対象にして「村人」か「人狼」かを判定することができる役職だ。

探査能力を使う主人公



 主人公の探査能力はまさに占い師の能力そのもの。かなりこれは占い師の可能性が高いと推察できるだろう。

 しかし気を付けてほしいのは、役職を名乗るのは人狼サイドも可能であるということである。

 先述した「狂人」もこの占い師を名乗ることが可能であり、このアニメと昼メシの流儀のどちらも狂人である可能性は否定できない。

 その場合、しっかり人狼と狂人のどちらであるかを見定めて吊りを行わなければ、1クール12話のうちに吊り切るための「縄」が足りなくなる…… つまり狼陣営に村人が勝つための処刑回数が足りなくなる可能性があるということだ。

 それらを踏まえてこのアニメも警戒していくといいだろう。

 みなさんも気を付けましょう。

 

 

 

無職の英雄~別にスキルなんか要らなかったんだが~

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 「無職の英雄~別にスキルなんかいらなかったんだが~」は女神より授けられる職業とスキルが人生を大きく左右する世界において、職業を持たない無職の主人公が如何に自分の力だけで努力し成り上がっていくかというのを描く異世界モノ作品だ。

 主人公のアレルはあらすじ通り「無職」であるが、無職故に職業と呼ばれる能力に頼らない形で努力し、技術によってスキルを再現することで戦う主人公だ。

アニメ 無職の英雄より 主人公のアレル

 この作品ではアレルが自身の能力を伸ばすため、剣士ギルドに所属する流れとなっており、そこで様々なキャラクターたちとの交流を深めていく構造になっている。

 このギルドが一種の部活のような扱いになっており、交流戦なども行われる等で何となく世界観におけるギルドの扱いがわかる。

 近年のアニメ化される異世界モノをそれなりに見ていると意外と展開としては他作品では見ない流れになっており、何らかの依頼を受けるだとかそういう流れではなく、対人戦でのスキルを高めたり、ギルド自体が部活動のグループのような構造になっている少々牧歌的な作りは古い学園モノラノベのような趣がある。

 おかげでキャラクターたちと主人公の絡みが自然に導入できているように感じられ、今後そういう部分が上手く回ってくれると嬉しい作品となっている。



 この作品は最初の時点で役職を「無職」と宣言している。しかしだからといって人狼ではないと断定するのは難しい。嘘をついている可能性も十分にありうるのだ。

 しかし現状疑う要素は少なく、素直な内容からも「とりあえず白」くらいに受け止めて、今後当てが外れたら人狼とのラインなどを考察していくのが良い塩梅なのではないだろうか。

 無職と名乗ったせいでギルドの方々から門前払いされていることからも、あまり明確に他者との繋がりが強くない描写も白寄りに見える気がする。

 とりあえず筆者は村人で考えておくが、みなさんはどうお考えだろうか。

 

不器用な先輩。

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 人付き合いが苦手で不器用な結果として、怖い印象を持たれてしまっているOLの鉄輪梓。そんな彼女が新入社員の亀川侑の教育係に任命され、新人教育の中で亀川との交流を深めていく「年上上司×新入社員」のオフィスラブコメディ作品だ。

アニメ 不器用な先輩。より


 鉄輪は怖いというかもうなんか言動がファンタジーの姫騎士って感じで、不器用を通りこしてまるでフィクションのキャラクターのようになっており そんな彼女の心のうちを察する亀川との関係が様々なドラマを通じて描かれていく。

 この作品は筆者はかなり人狼側の疑いが強いと考えている。まず前提として言動が怪しすぎる。いくらなんでも不器用といったってこういった言動にはならないだろうという発言を行いがちな鉄輪の動向は人狼がしっぽを出していると見ることができるだろう。

 あとあまりにもおっぱいが大きすぎる。これは人狼である可能性が高い。

 無意味におっぱいがでかい。なんか全然作品としてそこが付与してないのに主張が激しい。

 またOPがangelaでなんか90年代の歌みたいな曲調なのもだいぶ怪しい。

 違和感とは時として言外の真実を大きく語るものである。筆者はこの作品を人狼サイドとして考えていきたい。

 もし人狼でなくとも、狂人ないしグレー位置であるといえるので推理要素が多くない現状ではこのアニメがグレーをランダムに吊る「グレーランダム」の対象になりうるだろう。

 できれば先に吊ることでほかの投票先を踏まえて白位置か黒位置を明確にする布石にしていきたいところだ。 みなさんはどうお考えだろうか?

 

わたしを喰べたい、ひとでなし

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 「わたしを喰べたい、ひとでなし」は、かつて家族を失った経験を未だに影に落とし海辺に暮らす主人公の八百歳比名子(やおとせひなこ)の前に彼女を食べたいと語る妖怪、人魚の少女 近江汐莉(おうみしおり)が現れる。比名子は自身の一種の自殺願望にも似た心境の中にある願いを汐莉に対して巡らせていく。

アニメ わたしを喰べたい、ひとでなしより

 この作品の魅力は異形の少女汐莉と、死に引き寄せられる主人公比名子のダーク寄りなガールミーツガールだ。

 その「熟して食べる」瞬間まで比名子を守るを誓う汐莉は、比名子が「おいしく」なるために様々な交流を重ねていき、比名子はその中でその現実と自身の願望の狭間で様々な思いを巡らせる。

比名子の友人の社美胡

 また、比名子には友人である社美胡(やしろみこ)が存在し、彼女と比名子の間に割って入るように現れた汐莉の存在が如何にドラマを巡らせていくかも注目ポイントだ。

 

 さて、この作品は既にかなり人外である可能性が高いが少し待ってほしい。

人魚フォームの汐莉



 ここまで明確に人外を宣言しているのは少々違和感があるといえるだろう。おかしい。何か目的があるのではないかと考察できる。では、先述した「狂人」だろうか?

 それも少々違和感があるだろう。疑い位置がイマイチ定まらないこの不自然さ。

 それらを踏まえて、筆者はこの作品を人狼でも狂人でも村人でもない、「妖狐」の役職持ちであると予想している。

アニメ 地獄先生ぬ~べ~(2025)より 妖狐玉藻京介

 妖狐人狼とも村人とも違う第三勢力であり、最終的に妖狐が生き残ったままゲームの過半数が決定してしまうと、人狼でも村人でもなく妖狐の勝利となり両陣営の敗北が確定してしまう。

 そう、この作品は人外を装うことで紛れ込み、最終的に生き残りを狙おうとしていた妖狐なのだ。

段々狐に見えてこないだろうか?

 これには比名子もびっくり。人魚ではなく妖狐だった!

 人狼ゲームはただ表面的な情報だけで考察してはならない。論理的に推察し、動向を観察していかねばならないのだ。みなさんはどうお考えだろうか。

 

 いかがだっただろうか?今期アニメには様々な人外が入り込んでいる可能性があり、どこから牙を剥いてくるかわからない。

 もしかしたらこの記事も人狼かもしれない。そのくらいの気兼ねで日々アニメをチェックしていくべきだといえるだろう。

【2025年春アニメの隠れすぎている名作】シンフォギアのタッグが作ったプリティーシリーズみたいな世界観のアニメ、クラシック★スターズを見てくれ。

!?

 なにっ

 うわあああ~~~っ!? なんだこれはぁ~~っ

youtu.be

 

 ということで、クラシック★スターズは2025年春に放送されたオリジナルアニメだ。

 企画原案と製作総指揮を上松範康氏が、製作指揮を金子彰史氏が担当するという戦姫絶唱シンフォギアプリンセッション・オーケストラ等で有名なタッグにより製作されている作品となる。

 UNISON(株式会社アリア・エンターテインメント)がクラシック音楽を通じてコンテンツを企画プロデュースする「クラシックバース」とされる企画に連なる第一作だ。

 作中で披露される楽曲は基本的にすべて上松範康氏が代表するElement Gardenによって手掛けられており、そしてどの楽曲も「著名なクラシックの名曲」を下地に作られているのが特徴だ。

 

 その世界観は感情の数値化が可能となり、その感情、『エモージョン』を映像に反映するVR装置等が開発されエンタメの最前線となっている世界……

こんな感じで歌の最中に本人のエモージョンが出てくるぞ!

 

youtu.be

 プリティーリズムを知ってる人向けに言えば「きらめきを具現化するプリズムショーとプリズムジャンプ」の世界観だ。要するに。*1

 エモらせたもん勝ちのエモ最前世界では国家間の競争すらエモで行われている。

 国や政府ですらエモで競っているのである。

 もうホビーアニメじゃん……。

 

 そんな世界で著名な音楽家の才能「ギフト」を手術により移植された存在。 それが主人公「ベートーヴェン」たちである。 つまり彼らは音楽家本人ではなく、音楽家の能力を持つエモ改造人間なのだ。

左からショパン ベートーヴェン モーツァルト リスト

 ボクサーとしての道が閉ざされる中、治療を兼ねたギフトの移植手術に同意した主人公ベートーヴェン

 その手術の契約として同じくギフトを移植されたモーツァルト」「ショパン」「リスト」たちと共に、本来の自身の名を語らず「ギフトネーム」という自らの移植された才能となる音楽家たちの名前で、エモの中心地となる学園都市で音楽を学び、活動していくことになる。

 そんな彼らがぶつかり合い、お互いに高め合い、成長していき、コンテストの頂点を目指す物語。 それがクラシック★スターズの物語だ。

 

 彼らの道の前には様々な困難が襲いかかる。

 時にギフトを持つ者として、自身の本質に悩み

 時に自らの産まれからくるコンプレックスに悩み

 時に自らの呪われた運命に悩み

 時に突然落ちてくる鉄骨や落雷をも乗り越え……

 

 彼らはやがて一つのチーム、「グラン★マイスター(通称グラマイ)」となり大会に向けて自分たちを磨いていく。

 

そんな彼らの前にライバルチーム「Dis=Cord」も現れる。 

 彼らは政府によって作られたエモであるギフトや、その真実を告発するために動く、主人公たちにとって先輩にあたるギフトを持ちながら復讐のために歌う存在。

左からロスト・シューマン ロスト・ベートーヴェン ロスト・ヴィヴァルディ



 

 彼らはグラン★マイスターの前に立ちふさがり、その志の行く末を問いてくる。

 寿司屋で。



 彼らこそ、ベートーヴェンがかつてどん底にいたときに心を揺り動かされた音楽を奏でた存在であり、モーツァルトのかつての旧友である因縁の相手だった。

 彼らによって置いてかれた因縁を持つモーツァルトは怒りをぶつけ、彼らに宣戦布告を申し入れる。

 しかし、ベートーヴェンは違った形での宣戦布告をDis=Cordに語るのだ。

 

 アンタらの歌大好きだ!だが気に入られねえ。復讐に歌うなんてカッコ悪すぎるぜ!

 

 ベートーヴェンが彼らに語った宣戦布告、それはかつて自らを奮い立たせたDis=Cordの音楽への感謝と肯定。そして彼らの復讐に歌う音楽というスタイルの否定であった。

 これから聴かせるのは名前じゃねえ、俺たちの歌だ!よろしくな先輩!

 

 そしてグラン★マイスターは自分たちの音楽を自分たちの形で、Dis=Cordに改めて自分たちの志や思い エモージョンで伝えるのだ。

 自己紹介ソングで!

 

youtu.be

 

 そして物語はコンテストの最終決戦 エモイマックスに向けて加速していく……。

 彼らの物語、そして彼らのエモ それは是非、この記事を読んで作品に興味を持ってくれたら、あなたの目で確かめてみてほしい。

 

 俺たちならできる…。俺たちしかできない!

 流れる己の旋律のまま!

 舞に咲き!舞に誇り!

 歌の拳で殴りつける!

 フォルティッシモに… フォルティッシシモに!

 

 俺たちが★(スター)!!!!!!!!!!!!!!

 

 クラシック★スターズは、音楽が他者を動かす情動、音楽のすばらしさ、そして先人を踏まえて現代に至る音楽という文化の楽しさ。それを映像表現と物語で巧みに組み込んだ2025年春クールの名作だ。

 是非、見てほしい。

 

 ~クラシック★スターズはグラマイが踊るまで見てください~

*1:え?プリティーリズムを知らない? 是非見ておきましょう。名作ですよ。