最近中々見れてなかった劇場版クレしんを見に行った。
本当は去年とかも見たかったのだけど、色々な事情で中々見に行けず、内容にはあんまり関係なくどうしてもクレしんの映画を見ておきたかったという気持ちで一本。
一応自分はそれなりにしんちゃん映画はみており、しん次元と恐竜のやつは見てないがそれ以外は大体見てるよくらいの感じである。
~あらすじ~
ある夏、日本各地で奇妙な怪奇現象が相次いで目撃される中 帰省で秋田県のひろしの実家に向かうことになった野原家。
秋田の実家に到着したしんのすけたちのもとに『おばけーしょん村』への勧誘のチラシがばらまかれる。
「スイカもチョコビも食べ放題」という宣伝に釣られてしんのすけたちはそのおばけーしょん村へ行くことに。
しかしそのおばけーしょん村は人間が立ち入ることを禁じられた妖怪の国への入り口だった…!
正直な感想としては…… 面白くなかった!結構大真面目に。
しかも結構… 辛い言葉を並べないといけないくらいは!
それはそれとして、この映画が「大人が頑張った結果」もある程度感じられる映画だった… というところで感想を語っていきたいと思う。
妖怪と人間というテーマからくる作品的不全部分
まず物語としてはみさえとひろしが妖怪に変えられ、その原因である「お尻玉」を取り戻して「子の刻」までに元に戻さなければ二人は記憶が消滅し人間から元に戻せなくなる。
のでしんちゃんがそれを頑張って元に戻すために妖怪たちと共に冒険や活躍をする!という物語なのだが…。
まず「妖怪になったひろしとみさえ」の活躍というのがあまり多くない… というかCMでやってたぶん以上はほとんどないまである。
みさえに関しては幽霊になって活躍したシーンは全くない。
あくまで「妖怪」と「人間」の間に立っているというところが作品のテーマとしての構造であるが、野原一家が妖怪となって妖怪と立ち並んでいるという部分が作品のストーリーで全く面白さに有機的に結びつかない状態となっている。
作中ではほとんど戦闘不能状態で、しんちゃんに引っ張られているシーンの方が多く、なんかそのせいでシナリオ的にも映像的にもずっと面白みに欠けている感じになっている。
ひろしとみさえが妖怪になったという要素が物語において面白さに全く結びつかない結果として多くのシーン、尺が面白さと結びつかないシーンとなってしまっていた…というのはこの作品の一つ残念なところといえる。
前述の通り「ひろしとみさえというキャラクターの機能不全」の面に加えて、ストーリー全体が基本的にはなんだか間延びした作風になってしまっている。
ワンシーンワンシーンが妙に長めで、小気味よいギャグがあまりない作りになっていた。ただ、今年の映画は感動系という質感ではったのでそこにはまあ受け入れられるところではあったのだが、その結果として間間のテンポを全く埋められてない…!という状態で見ていて退屈な瞬間が非常に多かった…!
近年はクレしんも様々なコンプライアンスの問題で下ネタギャグやゲンコツ等の描写ができなくなっているとはいえ、根本的にギャグや節々の描写が面白くないというのはそれ以前の問題であり、というか別に過去の下ネタギャグとかができなくなってても十分面白い作品は作れているので、今作はあまり関係なくただ面白くないと思う。
サブの妖怪たちはキャラクターとしては悪くはないが… やっぱり根本的にストーリーの出来が悪いせいで妖怪たちも使い余していたと感じた。
まず今作のメインヒロインである「やこ」 彼女の設定や作りは良い部分も多かった。が、彼女が全然野原家と有機的に絡む部分が少ないキャラクターとなってしまっていた。
彼女が繋がっているのはあくまでしんちゃんの祖父であるギンの方であり、その伏線は最初からずっとじんわりほのめかされる。
が、彼女の伏線や野球という繋がりが物語で全く大事なところと繋がっていなかった。
映画の結構な尺を使って野球をするシーンがあり、そこも結構な間延び感があるのだが、そのシーンが作中においてはやこ個人のオチに繋がる以外ほとんど意味がないシーンだった。
せめて野球を使ってラスボスを打破する道となったり、そういう何らかの重要な何かにそれらが活かされるのであればわかるのだがそういうのも全くないというのは物語的な不全を感じざるを得なかったといえる。
しんちゃんたちである意味が薄いシーンの数々
先ほども言ったが、小気味よいギャグが存在しない、様々なギャグの足りなさが作中の全てにおいて足りてないという状況を生んでいたと思う。
ワンシーンワンシーン、少し船に乗っているシーン、会話しているシーン、色々なシーンでしんちゃんが変な行動をしている それだけでクレしんという作品は笑えるし間を埋める何かを描けるはずである。
しかしそういった部分が全くなく、見ていて常にワンシーンワンシーンが面白くなかった…! 別にまあ感動作品である故に面白くしないのは仕方ない面もあるかもだが、この作品自体が面白く作れてないせいで余計にワンシーンワンシーンの足りてなさに目が行ってしまう状態だった。
この状態でさらに先ほどいったようなキャラクターたちの活躍が足りてないという作劇の足りてなさが重なり すべてが足りてない…!というアニメになってしまっていたと思う。
感動系なのはわかるが、果たして「しんちゃんらしいギャグ」もなく、「しんちゃんらしい面白さのある映像」もなく、「しんちゃんらしい物語性」もないのであれば この映画がクレしん映画である意味とはなんだろうか?
そう思ってしまうような映画だった。
大人の事情、気持ちを感じる状況
ただ、この映画の作り手はおそらくは上記の問題を自覚して作っていたのではないだろうか? とは思える瞬間は多かった。
いろいろと頑張っているシーンはあったのだ。例えば今回のラスボス的なポジションである「ひゃくえもん」についてのギャグは基本的に結構よかった。
ひゃくえもんがお尻玉を吸収するために装置に繋がれてるシーンのあたりは全体的にギャグが非常に良かったシーンであり、作中でギャグが光っていたシーンは大方ひゃくえもんだった。
なんとなく、このひゃくえもんのシーンとかは元々コンセプトとかで出せていたシーンなのではないかと思える。
そういった光る要素もいっぱいあった。むしろ要素はどれも面白そうだった。そういう感じがある。
野球のシーンなんかも、明らかに作品から浮いており もしかしたらブレストかなにかや近年の大谷翔平などを意識した組み込みとして最初に設定したテーマだったのかもだが、ストーリーにうまく組み込むことができなかったまま送り出さざるを得なかったのかもしれない…… と思ってしまう。
ある種のオタクの目線だからそう感じてしまうのかもだが、なんだか「面白くするためのなんらかのネタ出し」をしようという意思はなんだか感じられた作品だったのだ。
まあ結果的にはマジで面白くはなかったのですが……。
近年のクレしんは確かに様々なしがらみやコンプライアンス等を意識しないといけない部分は多い。しかし、それでもクレしんらしさは作れるし、そしてクレしんらしさというのの面白さをファンとしての自分は信じている。
実際近年作品である天カス学園やカスカベダンサーズはそれを描けていた作品だったと思う。
近年のクレしんはクレしんのベテラン監督である高橋渉監督と橋本昌和監督作品… もというえのきみこ先生が手掛ける作品とは別に、普段はクレしん映画を手掛けていない監督作品をローテーションしている。
今作はその「普段は映画クレしんを手掛けていない監督」である渡辺正樹監督と映画クレしんとしては初参加となる中村能子先生脚本だった。
この部分を考えるとやはり、普段それほど手馴れているわけではない作品に作り手なりに向き合ったのではないか… とは感じる部分はやはりある。
わがままかもしれないが、外部監督や普段は手掛けていない監督のうえで その監督の人が描く「クレしん」を見れるよう頑張ってほしい…! と思う。
毎年作っているので本当に大変だとは思いますが…!
でもそういう一瞬を見れるのはその時だけなので、見に行ってよかったと思います。ほんとに